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昨年、ミサキドーナツで黒沢秀樹さんとともにライブを行った石田ショーキチさん。実は大の釣り好きということでプライベートでもたびたび三崎には来られているそうです。そして、また石田さんのライブが三崎で観られます。5/18(日)、石田ショーキチ ACOUSTIC SOLO LIVE「#SUNDAY SUNSET SEASIDE」@ミサキドーナツ。黄昏時の三崎にどんなギターを響かせるのか、待ち遠しくてしかたありません。今回はライブを控える石田さんにメールインタビューを行い、三崎について、そしてライブについてお話を聞かせていただきました。
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奇妙礼太郎、□□□(クチロロ)三浦康嗣、東田トモヒロと昨年から数々のライブを三崎をベースにプロデュースしているnorah planning。2014年第1弾ライブは女性シンガーソングライター・平賀さち枝さんを招致して4/5に開催されました。三崎に合いそうなアーティストをブッキングしているというnorah planningの意図はバッチリとハマり、平賀さん自身もライブをしてみて故郷の岩手の町と近い感覚があったそうです。ライブが終了した翌日、norah planning・尼野さんが平賀さち枝さんに三崎の町の印象を聞きました。
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昨年、城ヶ島でSTEP CAMPが開催されてからもうすぐ1年が経とうとしています。これまでSTEP CAMPは城ヶ島や観音崎、そして都内で行われているアウトドアイベントに参加し、災害被災時に役立つアウトドアのノウハウを提供してきました。昨年の秋には県立の公園としては画期的となる城ヶ島公園での宿泊キャンプイベントも実現しました。 STEP CAMPの活動は、アウトドア・フィールドとして三浦半島が高いポテンシャルを持っていることを証明するとともに、この地でアウトドアを楽しみたいというニーズがあることも掘り起こしました。そこで、改めてアウトドア・フィールドとしての城ヶ島・三浦半島の魅力、そしてSTEP CAMPの活動について代表の寒川さんと小雀さんに話を聞きました。(2013年秋)
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Misaki Fan Interview File#03 柳生忠平 小豆島にて妖怪や目に見えないモノを描く妖怪製造装置の技師、もしくは絵描鬼。建具や廃材などにも妖怪を描く。小豆島に生まれ育ち、2005年に絵描鬼宣言を行う。その後は個展を小豆島、京都、大阪、東京で開催している。http://yagyu-chubei.com 杉背よい 幼少より現在までずっと三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選2010」( […]
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いしいしんじさんが、三崎の町に移り住んだのは2001年からです。いしいさんは前回のインタビューで町の子ども達と遊んだり、祭りに参加したりしながら、「いろんな良い巡り合わせがあって三崎という町に自然と入ることができたんです」と語っていました。 Web上で連載されている「いしいしんじのごはん日記」には、地元の人との交流や町での出来事など三崎の町で過ごした10年間が記録されています。 インタビュー後編では、その10年間で感じた三崎の人たちの気質、いしいさんの三崎での生活について話を訊きました。そして9/28、29に開催する「三崎いしいしんじ祭」について、なぜこのような祭りを開催するのかを語っていただきました。その語りのなかでいしいさんは何度も「新しい"生"」という言葉を使われています。その言葉には三崎への深い想いが込められています。
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小説家いしいしんじさんは2001年から約10年間、三崎の町に住んでいました。その様子はWeb上で連載されている「いしいしんじのごはん日記」で紹介されています。日記にはいしいさんのリアルな生活が描かれていますが、それと同時に三崎への愛情と町の人たちへの親しみに溢れています。 そのいしいさんがなんと自分の祭りを引っ提げて三崎に帰ってきます。その名も「三崎いしいしんじ祭」。祭りの町・三崎でも前代未聞のお祭りです。しかし、なぜいしいさんはこれほどまで三崎への想いが強く、住まいを離れた今もこの町に帰ってくるのでしょうか。三崎へ移住した背景から、当時の生活の話を聞かせてもらい、三崎への想いの深さを知る事ができました。
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モデル、女優、そしてエッセイストやフォトグラファーとしても活動するKIKIさん。そんな彼女が表紙を飾る「OZマガジン6月号」で三崎が紹介されたのは、ミサキファンにとっても記憶に新しいところ。実はKIKIさんのオフィシャルブログには、昨年から”三崎”という単語が頻繁に登場していた。そう、何を隠そう彼女もミサキファンの1人だったのです。
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