三浦怪談・新編:第32回 「魚が降る町」 金田漁港
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story30
第32回 「魚が降る町」
金田漁港


 

 目の前の海は、漁港の趣をたたえていた。遠くの岸壁に、夜釣りをしていると思しき人影がある。妹を走って追いかけて、急に横道に入り、さらに走ったら目の前に海が開けた。この町に引っ越して三か月ほど。こんなところに海があるとは知らなかった。
 夜の海は底が知れずに不気味だったが、ふいに思い出して再び走り出した。妹が海に飛び込んでしまったら、私は助ける自信がない。
息を切らして走っていると、海の一歩手前に妹が立っているのが見えた。私は出せる限りの全力で再び走った。


 妹の病気が芳しくないことがわかり、私たち一家はこの町に引っ越してきた。元住んでいた町から電車で一時間半ほどだが、そこは全ての終点のような場所だった。 電車も終点。地図で見ても、神奈川県の南の終点なのだ。周囲を歩くと海と畑に当然のように出くわす。「空気のきれいな場所でのんびりと」そう言い合う両親の声をここへ来る前も来た後も何度も聞いた。呪文のように何度も何度も。


 そして実際、妹の病気は回復していったが、心と体両方ではなく、心のほうは根強く残った。心が弱ると体もつられ、どちらが先かわからないがふらふらと低い平均点をさまよっていた。「慌てずにゆっくりと」それも両親が繰り返していた言葉だった。私も叫び出しそうになるたびに両親の言葉を思い出した。


 私は妹のお目付け役だった。妹の具合が悪そうなときはいち早く知らせる。妹が間違えた行動に及んだら、正しい行動を教え、導く。私たちは同じ部屋で過ごし、夜は二つ並べたベッドで眠った。


 夜になるとたびたび妹は不思議な行動をとる。「学校がある」と言って真夜中なのに着替えをしようとしたり、いきなり居間に行ってテレビをつけ、砂嵐の前に何時間も座っていたりする。


「何やってるの!」と叱ると、妹は不思議そうな顔をして振り返る。その目にあまりにも濁りがないので、私は逆に言葉に詰まってしまう。


「最初からテレビついてたんだよ。よっちゃんが見たいって言ってつけていったんだよ」


 妹が奇妙なことを言い出した翌日、通称「よっちゃん」と呼ばれていた伯父が亡くなったことを知った。
 よっちゃんはテレビを見るのが好きで実際にたびたびそんなことを口にしていたのだ。


「神奈川でしか見られないテレビで見たいのがあるんだよなあ」


 それはさておき(さておけないのだが)。 今、私が走っている理由は妹が突然ベッドから起き上がり走り出したからだ。それを追いかけて走っているのだった。家を出ても付近で捕まえて引き戻すのがせいぜいで、ここまで遠征するとは思わなかった。


妹は真っ黒い海面を見つめ、それから諦めたように空を見つめた。空には星が散りばめられ、私も妹と同じように無心になって見つめた。


「こんなにきれいに星が見えるんだ」


 夜の中に響いた自分の声で、私は我に返った。


「かえろ」と妹の腕を引っ張ると、「いやだ」と妹はその場に踏ん張った。「かえろ」「いやだ」の応酬が繰り広げられ、私は泣きたくなった。 すると突然、何かが空から落ちてきた。 妹と二人、時が止まったように地面に落ちたそれを見つめていた。


「お姉ちゃん、魚」


「……うん」


 妹が言い、私も呆然と頷き返した。この町は魚が降ってくるのか、と驚いた。


「鳥だよ。鳥がくわえてたのを落としただけ」


 掴み合う妹と私を見ていたのか、漁師さんらしきおじさんが急に声をかけてきた。私たちはふいに声をかけられたことに驚き、次に魚について合点がいった。


──そうかだから、時々海の近くに魚が落ちてるのか。私は往来で、または畑道で砂まみれになっている魚を見たことがある。
 私は謎が解けてほっとしたような、同時に少し寂しいような気持ちになった。


「あんたら早く帰りな。どうせ早起きするなら明け方に来な。土曜は朝市もやってるから」


 そう言って、深く詮索もせずにおじさんは船の方へ歩き去った。


 もう一度「かえろ」と言うと、妹は大人しく頷いた。私たちは手をつなぎ、家へ戻ることにした。


「魚、持って帰ればよかった」


 妹はさほど残念そうでは無さそうにそう言った。走ってきたときの絶望感と、口の中に広がる血の味と妹への怒りがないまぜになって薄れた。


──よっちゃんは、あのとき見たい番組を見られたのかな。
私はそんな埒もないことを考えた。魚が降る町を、初めて悪くないと思った。
「ダメだよ」と言い返す私の心は、いつもよりもだいぶ軽かった。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story32

三浦怪談・新編:第31回 「鯨幕」 城ヶ島大橋
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story30
第31回:「鯨幕」
城ヶ島大橋


 

朝靄の中を、地面を蹴って走っていた。最初は体全体が痛み、寒気を吸い込んだ肺も苦しかった。ペースが速すぎたら緩め、遅すぎたらアップして自分に合った速度が見つかってからは走ることに体が馴染んできた。最初は重たかった体も、走り続けるうちに軽くなってきた。


運動が大の苦手である私が、何故ジョギングなど始めてしまったのか。自分でもわからなかった。


自信がないならウォーキングにしておけばいいものを、一足とびにジョギングを始めてしまったのだ。しかし思い切って走り始めて本当によかった。人もまばらな朝の町を走るのは気持ちがいいし、体の調子もいい。


特に筋力トレーニングを兼ねて階段を上り、城ケ島大橋を走って渡るのが大好きな朝の日課となった。


あまりすれ違う人もいないのだが、早朝散歩をするおじいさんとは会釈を交わすほどの仲になった。おじいさんは八十代ぐらいだろうか。ゆっくりした足取りで近づいてきて、歩きながらぺこんと頭を下げる。愛想がいいわけではないが、穏やかな人柄が伝わってくる。私もできるだけ笑顔を作って会釈を返した。


毎朝たったそれだけの付き合いだったが、お互いに認識し合っていたと思う。


決して速過ぎないスピードで走りながら、橋の下を見下ろす。朝の光を受けてきらめく海と、下に広がる町が見えた。


「おはよう」


その日は珍しくおじいさんが声に出して挨拶してくれた。おじいさんはこんな声と喋り方だったのか──そう思って何か言葉を返そうと思った時にはおじいさんの姿はなかった。


私とおじいさんがすれ違ったのは、橋の中頃だ。前と後ろを確認するけれど、姿は見えない。そう言えば、おじいさんと顔を合わせるのはいつもこの辺りだったと思い返した。真冬だと言うのにおじいさんは薄着だったけれど、それも思い返すまで気がつかなかった。


考えてみれば、いろいろ不自然な点もある。歩ける距離なのに近所では一度もすれ違わない。両親に特徴を告げても「さあ」と首を傾げるばかり。


私は走りながらぼんやりとおじいさんの住む家を想像していた。木造平屋建てで玄関は引き戸。やはり木でできた古風なバルコニーに洗濯物がはためき、同じ風は「忌中」の紙が貼られた玄関の戸を揺らした。


「ああ、暑い」


そう言って喪服から着替えようとしていた母は、誰の葬儀から帰ったんだったか──。
私も一緒に行って手を合わせたのかどうか。風が吹き、鯨幕がはためく。あのとき祭壇で見た写真はどこの誰?


私にとっておじいさんは風景の一部のようなものだった。
私はただ走り過ぎ、おじいさんも歩いてどこかへ向かうのだと思っていた。どこか、へ。


翌日からも私はジョギングを続けたが、もうおじいさんとすれ違うことはなかった。
あのとき、せめて何か言葉を返せていたらよかったのかもしれない。
私のジョギングはおじいさん一人に会えないだけで途端に孤独なものになったが、これからも毎日続けるつもりでいた。


今日もおじいさんの姿は見えない。
何度か振り返るが、人影すらない。私はそれでも橋の中ほどまで来ると会釈を返した。


城ケ島公園まで足を伸ばせば、早起きの猫には会えるかもしれない。そう思い直して、私は橋を駆け抜けた。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story30

三浦怪談・新編:第30回 「窓」 初声町下宮田 若宮神社
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story30
第30回:「窓」
初声町下宮田 若宮神社


 

ミツルは休み時間になると決まって眠くなる。
授業中はどんなに退屈で難しい内容でも気が張っているのか、眠くなることなどなかったのに、休み時間になると自然とまぶたが落ちてくるのだ。


席に着いたままうつらうつらしているミツルを、クラスの友達も最初は無理に起こして
校庭へ遊びに誘った。しかし、ドッジボールの最中も眠そうに顔面でボールを受けるミツルを見ていたら、気味が悪くなって誰も声をかけなくなった。


ミツルは睡魔と戦っている間、白昼夢を見ていた。


小学校の校庭を突っ切ってさらに進むと、神社があった。神社は校庭の延長のように認識されていたので、休み時間に子供たちが神社で遊ぶことは自由だった。神社では様々な学年の子が出入りし、混ざり合って遊んでいた。偶然に学年の垣根を超えた友達ができることもあった。


敷地内は草で覆われ、草の間から小さな紫色の花が顔を覗かせていた。校庭から少し離れているだけなのに、神社周辺は静かだった。


ミツルも低学年の頃から休み時間のたびに神社まで足を伸ばしていた一人だ。いつもは高学年の男子や、大人しそうな女子に出くわすのにそのときに限って誰の姿も見えなかった。


校庭で遊んでいる子供たちの笑い声が遠いもののように感じた。
その瞬間、ミツルは奇妙なものを見たのだった。


つぴーん。
ミツルの耳が高いところに上った時のように痛んだ。明らかに先ほどまでと空気の質感が違う。ミツルは片耳を抑えたまま、辺りを見回した。


すると、神社の階段に誰かが立っている気配がした。すぐ近くにいるはずなのに、人影は小さかった。


つぴーん、とミツルの耳は鳴り続けた。


そこで休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴り、ミツルは後ろ髪を引かれながら走って教室に戻った。


「おまえどこ行ってたの?」


席に戻ると隆が話しかけてきた。


「神社」


ミツルが答えると、隆は腑に落ちないような顔をした。


「俺も神社にいたけど、おまえを見なかったよ」


「いたよ」


隆はミツルを疑い、嘘をついていないミツルは抗議した。言い合いの声が少し大きかったせいで、先生に注意された。


──俺も隆には会わなかった。


ミツルは首をかしげる。隆どころか、ミツルと奇妙な人影以外には誰の姿もなかったのだ。


放課後、もう一度神社を訪れたが、休み時間に体験したようなおかしな緊張感はなかった。三年生の男女が鬼ごっこをして遊んでいる脇を、ミツルは何気なく通り過ぎた。


言葉にするならば「つぴーん」なのだ。
あの、耳鳴りのような頭痛のような感覚は。


ミツルは道の向こうから人影が近づいてくるのを見つけて走って逃げた。逃げたはずなのに、影はすっ、すっ、と滑るように近づいてきて、気がつくとミツルの目の前まで迫っていた。


「人」「影」だと思っていたものから、羽根と嘴が生えていた。真っ黒に塗りつぶされた影は、ミツルの父親よりももっと大きな背丈の鶏に似たものだった。


「うわあ!」


ミツルはそこで目を覚ました。背中が汗でびっしょり湿っている。


「夢か……」と言いかけて、ミツルはまた耳の奥に痛みを覚えた。


つぴーん。


辺りの空気が歪んだ。
ミツルの部屋のドアに、見たこともない大きな影が近づく。ミツルは、耳を塞いで布団をかぶったが、影がすっ、すっ、と移動する気配を感じる。


大声を上げながら、ミツルは布団を飛び出し、影からも逃れるために窓から勢いよく飛び出した。


空を飛べた、とミツルはほんの一瞬だけ思った。
しかし、団地の二階に住んでいたミツルの体はそのまま外の芝生へと投げ出された。


「ニワトリに追いかけられる夢見て窓から飛び降りるなんてなあ」


隆は引き攣った笑顔を浮かべていた。その後ろには先生とクラスメイトの姿も見えた。


「腕の骨折くらいで済んでよかったよ」


みんなはそう言って励ましてくれたが、ミツルが「神社に行った」と言い張っていた日に誰も姿を見なかったことが隆の口から大げさに伝えられ、クラスではちょっとした怪談のように広まっていた。


「ミツルは、どこか別の場所に連れていかれたのではないか」


それがクラスの、怪談好きな子供たちの推測だった。
ミツルとしては、もっと怖い話ができると思ったが、今はやめておこうと思った。


話を筋立ててできるほどには、ミツルの頭は整理されていなかった。


つぴーん。
あの日のように、奇妙に空気が歪み、耳が痛くなることはもうなかった。
しかし二度と窓から飛び出さないように両親がミツルの窓を塞いでしまった。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story30

三浦怪談・新編:第29回 「吹き抜ける家」三浦市晴海町 馬頭観音石碑
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story27
第29回:「吹き抜ける家」
三浦市晴海町 馬頭観音石碑


 

犬や猫がよく車に轢かれて死んでいる辻があった。
そこは生まれた家から歩いて1分もかからない、四つ辻になった道で、通学路だったので犬や猫の亡骸のそばをどうしても通らなくてはならなかった。


いろいろな亡くなり方があった。お腹を潰された子も、顔を潰された子も、一見無傷に見える子もいた。
白目を剥いている死んでいる猫と、目を合わせてはいけないと思いながらつい怖いもの見たさで一瞬だけ目を合わせてしまうことがあった。
何も映していない濁った目は私を恨んでいるように見え、半泣きで走った。


学校から帰ってくると、必ず亡骸は誰かの手で片付けられていた。私は安堵で胸を撫で下ろしたが、猫の顔はまぶたの裏にいつまでも焼きついていた。


私が成人する頃に、道幅を広げる工事が行われると、命を落とす犬や猫もいなくなった。


長じて、私は実家からバスで30分ほどの同じ市内に住む男性のもとに嫁いだ。
姑とは一年半ほど一緒に暮らした。細かいことを気にしない、さっぱりとした性格の人だった。
嫁いだ家は古く、土間があった。玄関を開けると土間、そこを境に二つの棟に家が分かれていた。右の棟に姑、左の棟に私たち夫婦が住んでいた。食事は一つしかない台所と、居間で一緒に食べた。


「あんた、動物をたくさん飼ってる?」


それが初対面の、姑が私に言った言葉だった。


「いいえ」


私は首を横に振った。動物は子供の頃に犬を一匹飼ったきりだった。


「あ、そう」


姑はさほど気に留めない様子で、話題を変えた。


天気のいい日には、姑と散歩に出かけた。家のすぐ近くに石碑があったので、姑に尋ねてみた。「馬」という字が読み取れた。


「詳しいことはわからないんだけどね、昔馬の首がぽーんとここまで飛んできたらしいよ」


「どうしてですか?」


「さあ、あたしも子供の頃に聞いただけだから」


私はその後、石碑について調べてみたが本当に詳しいことはわからなかった。
戦で斬られたものか。空を舞う馬の首を思い浮かべた。


夜、私は大きな物音で目を覚ました。姑が寝ている右の棟から聞こえた。
夫と顔を見合わせ、階下に下りると土間を渡って姑のいる棟へ行ってみた。
すると、台所の食器棚から何枚か皿が落下して割れており、しかし姑はまるで気にしない様子で隣の部屋に寝ていた。


「年に一度か二度こういうことがある。なあに、ただそれだけのことさ」


姑はそう言って再び寝てしまった。


翌朝、私は姑と割れた皿を片付けながら、昨夜の話をした。姑の話では「何か風のようなものが通り過ぎていく」感じがするというのだが、せいぜい皿が割れたり家具が倒れたりする程度なので姑は嫁いでから三十年以上、特に気にしていないという話だった。


「あんたもあまり気にしないだろう?」


そう言って姑は、にいと笑った。


面白い姑だったが、たった一年半ほどしか一緒にいられなかった。姑の全身は既に癌に蝕まれていたのだ。
あっけなく姑が亡くなってしまうと、家も急激に老朽化して、建て替えなければ危ないと近隣に注意されるようになってしまった。
兄弟が集まって遺品を片付け、一日のうちに家はショベルカーで壊されてしまった。
その瞬間、突風が吹いて私たちは身を縮めた。次に顔を上げると、もう更地になっていた。


業者が廃材を運び去ってしまうと、完全な更地になった。
ここが土間、ここがお義母さんの部屋。私は何もない地面を記憶を頼りに辿った。
すると何かが落ちているのを見つけて、私はかがんだ。割れた皿のかけらのようだった。


「どうしてこんなところに」


私は呆然と呟いたが、何故か少し嬉しかった。陶器のかけらを大切にポケットの中に入れると、私はよく姑と散歩に出かけた海へと足を向けた。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story27

三浦怪談・新編:第28回 「庚申塔」三浦海岸駅前ほか
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story27
第28回:「庚申塔(こうしんとう)」
三浦海岸駅前ほか


 

「庚申塔が多く残っている町だ」


この町に引っ越してきて、間もなく一か月が経とうとしている。のどかだが、近くには商店もあり、徒歩圏内に海があり、住み心地はまずまずである。通勤に一時間以上かかるのがネックとも言えるが、電車一本で行けるのでさほど体力をすり減らさなかった。


どうしてこの町に来たのかと問われれば、「海のそばに住みたかったからだ」と答えていた。事実だった。


庚申塔、という単語と存在をこの町に来て初めて知った。駅前のロータリーの前に、いつくつかのまとまった庚申塔があるのが気になったきっかけだった。


お地蔵さまに、三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)や阿修羅像のような彫刻が施された石の塔、風化して読むことのできない文字が刻まれた謎の石。これらが一つの祠に収められていたり、野ざらしのまま点々と道に並べられたりしている。


最初はお地蔵さまの仲間かと思っていたが、よく観察してみると他の石塔もまざっている。マンションへの近道の辻にも一ヶ所、同じような石塔の集まりを見つけた。興味を持った僕は、マンションの管理人のおじいさんに聞いてみた。場所と、石塔の形状を伝えるとおじいさんはすぐに合点がいったようだった。


「ああ、それは……庚申塔ですよ」


正しい名称を教えてもらった僕は、検索して由来などを調べてみた。庚申塔は庚申塚とも呼ばれ、江戸時代に多くのものが建てられたことを知った。三猿の他にも青面金剛が本尊だということもわかった。明治の区画整理で壊されたものがほとんどだが、この町にはまだ比較的多くの庚申塔が残っている。


それから僕は、家の周辺の庚申塔を探してみることにした。
散歩のついでにブラブラしていると行き当たるのに、いざ探してみようとすると見つからない。庚申塔は「庚申講」に由来している。


人間の体内にいる三尸虫(さんしちゅう)が、庚申の日になると寝ている間に体を抜け出して天帝に悪事を報告しに行くと言う言い伝えがあった。それを防ぐために人は庚申の日に集まって、寝ずに修行を行ったり、宴会を行ったりしたと言うのだが──。


「三尸虫、か」


何故だか僕はその言い伝えの虫が出て行くのは指先からであるような気がして、両の手のひらを見つめた。


その半月ほど後、職場の近くで宴会があった。
酒宴はひどく盛り上がり、酔いもあって僕は遠方に越したことをすっかり忘れていた。


「そろそろ終電──」


皆が言い始めた頃には、盛大に終電を逃していた。僕の乗るべき終電車は既に一時間前に発車していた。
行ける限り最寄り駅に近い駅まで乗り、そこから歩くことにした。
途方も無い距離なのは、酩酊していてもわかった。


海沿いの道をどこまでも南に進んでいけば、いずれ住んでいる町に着くだろう。
僕は捨て鉢な気持ちになり、ふらふらと海沿いの道を進んだ。
途中で畑道に入り、坂を上ったり下ったり、外灯のない道も当たり前のように続いた。


どのくらい歩いたのだろうか──。
見たこともない国道沿いに、僕は立っていた。
背後を振り返ると、木製の屋根に覆われたバス停があり、屋根の中には庚申塔が並んでいた。


「こんなところにも……」


そう呟いたところでバスが来た。
どこをどう歩いたものか、始発バスが走る時間になっていた。吸い込まれるようにバスに乗ると、窓から白み始めた空が見えた。次に気が付いたのは、聞き覚えのあるバス停を告げるアナウンスだった。


「あ、降ります!」


慌ててバスを降り、そこからまた容易ではない距離を歩いてようやく家に辿り着いたのだった。


しかし、どうしてあのバス停に行き着いたのか。
後日、僕はバスを乗り継いでくだんのバス停を目指したが、停留所のアナウンスが鳴っても僕にはぴんと来なかった。
バス停には、屋根もなければ庚申塔もなかったのだ。
反射的に降車ボタンを押してしまっていた僕は、仕方なくそのバス停で降りた。
うろうろと周囲を歩き回り、何の手掛かりもなく反対車線に回って下りのバスを待つことにした。


「まだまだこの町には秘密がありそうだな」


僕が独り言を言うと、右手からすうと白い糸が伸びた。
糸に似たものは、空に向かって伸びたように見えたがすぐにかき消えた。


僕はぼんやりと空を眺め、ふと我に返ったところでバスがこちらに向かって走ってくるのが見えた。何かを振り払うように右手を上げ、僕は再びバスに乗った。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story27

三浦怪談・新編:第27回 「ネックレス」油壷(三崎町小網代)
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story27
第27回:「ネックレス」
油壷(三崎町小網代)


 

「夏の夕暮れはつるべ落とし」


これは、夏が来るたびに思い出す、祖母の口癖だ。
祖母は夕暮れが近づくと、よく歌うようにそうつぶやいていた。
夕暮れを目にするたびに、祖母の口調とともにその言葉が蘇る。


夏の夕暮れはあっという間にやってくる。祖母の言葉通りだった。
遊びに夢中になっている間に、何度となく夕闇に包まれる経験をした。
「あと少し」「もう少しだけ」そうして際限なく遊びを引き伸ばしているうちに、日が落ちてしまうのだ。暗くなる前兆を見極めることは、子どもの私には難しかった。


夜を迎えてからしおしおと帰宅した私を、決して祖母は怒らなかった。ただ、穏やかな口調で必ずこう言った。


「暗くなる前に帰っておいで」


母は事情があって幼い私を祖母の元へ預けたのだろう。私は幼少の一時期を、祖母の家でともに過ごした。果てしなく長いと思われた夏休みも、祖母の家では一瞬の夢のように過ぎていった。


祖母は私に昔ながらの遊びを教えてくれた。同時に、いろいろな昔話を教えてくれた。
だから私は、ふいに沸いてくる母のいない寂しさを忘れることができた。


祖母の話は、聞いたこともないような荒唐無稽な内容も多く、私は夢中に聞いていた。
前触れもなく始まり、展開が読めない祖母の話を聞くのが大好きだった。


特に印象に残っているのが、祖母の家からほど近い海にまつわる悲しい昔話だ。


昔、ここで合戦があり、海に飛び込んだ武士たちとその家族の血が海の水に流れ込み、きらきらと油が浮かんでいるように見えた、という。


そんな生々しい話を平然と聞かせてくれる祖母と手をつなぎ、私はあるとき海岸を歩いていた。
間もなく日暮れになる時刻で、手をつないでいないと祖母の輪郭も曖昧になってしまう。
そのときは、何の話を聞かせてもらっていたのだったか。


祖母と話しながら歩いていると、真向かいから突然人影が現れた。
私は驚いたが、祖母は気にしないそぶりで話を続けた。
すれ違う間際になり、人影は男性の像を結び出した。


現実味を帯びた身なりをした男性だったので私は安心したが、それも束の間、私はぎょっとして後ずさりした。
男性の首にはぐるりと輪を描くように血が滲んでいたのだ。


まるでネックレスのように粘つき滴り落ちる寸前の血が、男性の首を取り巻いている。その姿は夕闇の中でもはっきりと見えた。


(あっ)


私は声をあげそうになったが、それよりもわずかに早く祖母が私の手を引いて自分の後ろに隠した。
そしてすれ違いざま、浅くお辞儀をしたように見えた。


――あのとき見たものは、何だったのだろう?


ふいに浜辺でつないでいた祖母の手のひらの感触や、サンダルに入り込む砂の匂いを思い出し、赤いネックレスの男と祖母の浅いお辞儀、すべての過去の景色がぐるぐると頭の中で旋回した。


あのときも、夕暮れだった。
私はその一点だけは覚えていた。
祖母に聞いてみようと受話器を取り上げたところで思い出す。
もう、祖母はこの世にはいないのだった。


「暗くなる前に帰っておいで」


大人になった今も、祖母の言いつけだけは守るようにしている。
あのとき私を守ってくれた少し乾いた手のひらは、もうどこにもないからだ。


私は自分の手のひらを見つめた後、何気なく首元に手をやり、静かに受話器を置いた。



 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story27

三浦怪談・新編:第26回 「山にまつわる不思議な話」 (神奈川県内の山)
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story26
第26回:「山にまつわる不思議な話」
(神奈川県内の山)


蒸し暑い季節がいよいよ近づいて参りました。
今月は何を書こうか、と考え、夏にふさわしく実体験した不思議な話をまた書いてみてはどうかと思いつきました。2014年の夏に、海にまつわる不思議な話を掲載していただきましたが、今回は山にまつわる少し不思議な話です。


例によって、実体験のため具体的な地名は伏せてあります。今回は三浦半島を飛び出し、神奈川県内のとある山、とだけ言わせていただきます。この夏も、どんな不思議な経験ができることやら。



◼︎ ひとつめ


ちょうど六月の、今ぐらいの季節でしたか。私は夫と二人でドライブに出かけました。まだ結婚前だったので、五年ほど前だったと記憶しています。夫は温泉好きです。昼間は付近の観光地などを巡り、帰りにその土地の日帰り温泉施設に寄って、汗を流して帰るというのが外出のパターンでもありました。
お風呂から上がって一休みすると、帰りの時間は大体夜の七時を過ぎます。帰り道は真っ暗な山道をドライブということもままありました。


「あれ……?」


帰り道、運転しながら夫が首を傾げているのですが、まあ仔細は訊ねまいと思っているとどんどん山の細い道を入っていきます。


──これは道に迷っているのでは。


そう思いましたが、落ち葉に埋もれた獣道に小さな稲荷神社が建っているのを見て覚悟を決めました。
助手席で文句を言って、山道に捨て置かれたりしたら一大事です。
もう行けるところまで行けばいいや。何か面白いことがあるかもしれないし。
やがて、道の突き当りに辿り着いたのですがそこは数年前に閉館されたと思しき保養施設でした。辺りに人影はなく、暗闇の中にカーテンの破れた保養施設が浮かび上がっていました。


「どうする、降りて散歩してみる?」


夫はとんでもない提案をしましたが、私は「降りたくない」と言いました。
真っ暗な保養施設の前に白いシャツを着た男の人が立っていることに突然気付いたからです。
その人は何もせず、妙にゆっくりした動きで保養施設の前を往復していたので、夫も状況を察して車を発進させました。往復、と言いましたが男の人の顔は見えず、後姿のまま、前後にゆっくり歩いているのです。ゆっくり前に進んだり、後退したり。
私たちから見れば、背中だけがゆらゆらと移動しているようなもの。


──入るに入れないのだろうか。


そう思いましたが、もう立ち去ったほうがいいと思いました。
車のライトが一瞬男の人の白いシャツを照らしましたが、やはり男の人は背中をこちらに向けているままでした。


背中は丸まっていた、と気付いたのはずいぶん時間が経ってからです。

—————-

◼︎ ふたつめ


車を買い替えるに当たり、私たち夫妻は売りに出される車と「さようならドライブ」を何度かしました。無事に十数年事故もなく乗り終え、ありがとうとお礼を言ってさよならをしたのですが、そのさようならドライブのうちの一回は思い出深いドライブとなりました。


またもや例によって日帰り温泉施設から帰ろうとした私たちは、カーナビの指示に従って進んでいくのですが、何故か目的地とはまったく関係のないホテルの前に辿り着いてしまいました。時間は夜。街灯もない山道です。もちろん周囲に歩いている人はいません。


「このカーナビ古いからね」


そんな風に笑いながら、別ルートを探索するのですがまた違う道を通ってホテルの前に辿り着いてしまいます。ホテルの目の前は、既に運行時間を終了したロープウェイの駅がありました。最初は笑っていられたのですが、三度、四度と違う道を通りながらホテルの前に出る頃には何だか気味が悪くなってきました。
そのうちに、カーステレオから流れる音楽も、ラジオでもないのに途切れ途切れになってきます。


「あ……じ……こ……」


ぶつ切れになったボーカルの絶叫を聞いていると、眩暈がしてきました。


──これ、ここから出られなかったりして。


ぞっとしながらカーナビを覗き込むと、地名には「地獄」という文字が。私たちはその周りを何度もぐるぐるとさまよっていたのです。


結局、夫がカーナビを無視して小さな看板を見つけて下道を発見。無事に家へ帰ることができたのですが、「さようならドライブ」を終えたくなくて車が私たちを引き留めようとしたのかと思ってしまいました。
いやいや、あの可愛い車に限ってそんなことはありませんが。



以上が、主に温泉帰りの山道のドライブで体験した少しだけ不思議な話です。海に山に、夏のお出かけで不思議な体験をされた方はぜひお話を聞かせてください。

title_miurakaidan2

三浦市在住の小説家 杉背よいさんが連載する「三浦怪談・新編」の企画として、三浦半島の「都市伝説、怪奇話、不思議な伝承」などを募集します。お寄せ頂いた「伝承」や「ロケーション」などを元に、杉背さんが怪談を創作します。ぜひ、三浦半島の不思議な話をメールフォームにてお送りください!

※ ご応募いただいた全ての情報が、怪談話に採用されるとは限りません。ご了承ください。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story26

三浦怪談・新編:第25回 「枯れない水」 南下浦町菊名(水間様)
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story25
第25回:「枯れない水」
南下浦町菊名(水間様)


 
菊名川の横道を入り、一本道を突き当たりに向かって進むと、目の前には、大根畑が広がっていた。


青々とした葉の連なりを見つめ、私は小さく息を吐く。知らず知らず体を強張らせていたようだ。大根葉の瑞々しい色に、私の緊張は少しばかり緩んだ。


「水間神社」


案内に吸い込まれるように、境内に入っていく。目指す湧水のそばには、小さな祠が立っていた。


みず……


肩の上で、母が呻くように言った。


「もう少しだからね」


私は母を潰さぬように注意しながらそっと撫でる。母は私の手のひらが重かったのか、どこか苦しそうな声で「うう」と答えた。


いつからだろう。
少しずつ母が縮み始めたことには気付いていた。
歳をとると背が縮むっていうけど、


「いやあねえ」


母はそう言って困ったように笑っていた。


しかし、母の縮小は止まらずずくずくと音を立てるように弾みをつけて小さくなっていった。果ては私の肩に乗るほどまでになり、さすがに動揺した私は泣いた。とうにいい大人だったが、泣きじゃくった。


母は小さくなっていく過程で私に隠れて泣いていたのだろうか。静かな、覚悟の滲んだ表情をしたまま、小さいながらも生活そのものが縮小された日々を送った。


「水間様に行きたい」


母が突然そう言い出した。
体の大きさが普通だった頃から、わがままや希望をあまり言わない母だった。


「湧水が飲みたい」


私は黙って頷くと、水間様への道筋を検索した。バスに乗れば、簡単に行くことができる場所だった。


──その昔三浦氏の武将の乳母が夢のお告げでこの湧水を飲んだところ、乳の出がよくなったという。


水間様の言い伝えを見て、私は再び悲しくなった。
効能が母に不必要であることが無性に悲しかった。


覚えているはずもないが、母はかつて、私に乳を与えたのだ。それほどに若い日があったはずだった。
母はもう私の知る母ではない。しかし、私の母であることには間違いない。豊かだった黒髪や、弾力のある頬をしたかつての母が陰影のように記憶に浮かんで消えた。


湧水はきらきらと光を反射して地面に落ちていた。


──ひょっとしてこの水を飲むことで、母が変わるのでは。


私は一縷の望みを託した。


「お母さん、お水だよ」


私が手のひらに母を乗せると、母は直接水の流れに口をつけた。
そして、いつまでも飲み続けた。
体全体を大きく躍動させて飲んでいる。大人しい母に似ず、積極的な動きに私は思わず見とれていたが、そんなに飲み続けたら死んでしまう──。恐ろしくなるほど母はいつまでも飲み続けた。母の体は見る見る膨れ、怯えながら見守る私の前で再びしぼんでいった。


「帰ろう」


母は水の流れから顔を離すと、再び静かな表情に戻って言った。子供のころから常に聞いていた、しっかりとした母の声だった。母の顔を見つめると、それは確かにこれまでの時を一緒に過ごしてきた母だった。


咄嗟に私は自分の頬に手を当てる。
指には、深く刻まれた皺の感触があった。


「うん」


私は母を肩に乗せると、来た道を戻り始めた。
母は重くも軽くもなかった。
私が歩いた後には、小さな風が起こった。
青々とした大根の葉がわずかに揺れていた。


情報提供: 三浦市M様より

title_miurakaidan2

三浦市在住の小説家 杉背よいさんが連載する「三浦怪談・新編」の企画として、三浦半島の「都市伝説、怪奇話、不思議な伝承」などを募集します。お寄せ頂いた「伝承」や「ロケーション」などを元に、杉背さんが怪談を創作します。ぜひ、三浦半島の不思議な話をメールフォームにてお送りください!

※ ご応募いただいた全ての情報が、怪談話に採用されるとは限りません。ご了承ください。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story25

三浦怪談・新編:第24回 「海の底」 歌舞島(三浦市白石町)
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story24
第24回:「海の底」
歌舞島(三浦市白石町)


 
海の底は暗かった。
生まれてこの方、海以外の場所を知らないので比べようがないが、きっと地上はもっと明るいのだろうと思った。


海藻を掻き分け、珊瑚の間を縫って観音様を目指す。いつからあるのかは知らないが、生まれたときからは既にあった。


「観音様にお参りに行こうよ」


 仲間の魚に誘われて、初めて観音様の存在を知った。鰭と鰭を合わせ、深く頭を下げるというお参りのやり方もその風変わりな仲間に教えてもらった。


「こうするのが“人間風”なのさ」


 少し得意げな話し方をするので他の魚からは嫌われていたが、たくさんのことを教えてもらえるし面倒見もいいので、嫌いではなかった。


「亡くなった仲間たちは無数にいる。自然の摂理で命を落とすことの他に、人間が死の原因になることも多くあるんだぞ」


仲間が諭すように言うと、口からいくつもの泡の玉がこぼれた。


「つまりまあ、食べられるってことなんだけど」


できるだけさり気ない様子で仲間は教えてくれた。小魚の自分がショックを受けるのを気遣ってくれたのだろう。


「そういう“魚霊”を慰めてくださるのが、この魚藍観音様なのさ」


「ふうん……」


観音様は手に籠を持ち、その中には魚が入れられていた。観音様は、海水によって表面が爛れ、小さな無数の貝がびっしりと張り付いてはいたけれど、優しいお顔のままだった。


ほどなくして、物知りな仲間の魚はぱったりと姿を消した。
海の世界では珍しいことではなかった。自分よりも大きな魚に食われたか事故か、あるいは人間に釣り上げられたか──。


やんわりと覚悟してはいたが、どこか虚しい気持ちだった。仲間がいなくなった後も、何度となく観音様で鰭を合わせてお参りした。


そんな日々の繰り返しに紛れ、仲間の記憶も薄れかけてきた頃、見たこともない生き物が観音様の前に立っているのを見た。大きさは魚の自分と同じくらいだが、二本の足と二本の手を持っている──あの物知りな仲間がかつて砂に絵で描いて教えてくれた「人間」にそっくりだった。


いや、しかし自分たちを釣り上げて食うような人間が、こんなに小さいわけはない。混乱していると、目の前で人間が口を開いた。


「なつかしいな……まさか、海の底にも観音様があるなんて」


近付いて様子をよく伺う。言葉が理解できた。こちらを攻撃するような武器も持っていない。裸で、ぼんやりと立っていた。


「お前はどこから来たんだ?」


訊ねると人間は、驚いたように目を見開いた。そして自問自答するように俯いて黙り込んだ。


「……わからない。ただ、少し前まではこの観音様がある地上にいた」


「同じ観音様があるのか?」


人間は深く頷き、また何かを考えるような遠い目をした。


「ああ。歌舞島と言って、遠い昔には頼朝公が行楽に訪れた場所だ。今は埋め立てられて、公園になっているが──脇道を登って行くと小高い丘があって、この観音様と同じ観音様がお祀りされていた」


言い終えると、人間は自分の両手をまじまじと見た。ごくわずかにだが、指の形が魚の鰭の形に変化しつつあった。


「そうか……そういうことか……」


人間はひとりごちた。彼の中ではすべてのことに合点がいくようだった。
そして自分も、ふいに思い当たった。何故かつての仲間があんなに地上のことをよく知っていたのか。取り分け人間社会のことに詳しかったのか──。


「ここでのことは、いろいろ教えてやるよ」


思った以上にぶっきら棒な言い方になったが、その言葉に人間は初めて少しだけ笑った。「笑う」という行為がまぶしく、羨ましく思えた。


自分はもう小魚ではなかった。大きな泡の玉を吐き出すと、海面に向かって上昇していく。仄かに光が差す海面の方向を、いつまでも見上げた。



 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story24

三浦怪談・新編:第23回「事八日」横須賀市公郷
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story23
第23回:「事八日」
横須賀市公郷


 
バイト帰りは、いつもくたくたに疲労している。
今日の店は一見暇かと思われた。しかし、深い時間になってきてどっと客が押し寄せた。それまでぼうっとしていた私は、急に忙しく立ち働くこととなった。


焼肉店と言うのはピークがよくわからない。
食事時に混雑することもあれば、遅い時間にお酒を飲むためのお客で賑わうこともある。


「今日は……特にきつかった……」


自転車を漕ぎながら、私の口からは独り言が漏れた。
大きな国道に沿って自転車を漕いでいると、車通りはあっても歩いている人は少ない。ましてこんなに夜遅くでは──。
けれども車の流れはあるので、女性が一人でもそこまで危険を感じることはない。通りには店もある。私は仕事の疲れを紛らわせるために、よく自転車に乗りながら歌を歌った。


──今日は何の歌にしようかな。


無意識のうちに自分の中の記憶の歌ストックを探る。そうして息を大きく吸い込んで歌い出そうとしたそのとき、


「……いい匂いがする」


足元でふいに声がして、私は危うく自転車ごとひっくり返りそうになった。自転車の上から見下ろすと、そこには子供が立っていた。黒いパーカーのフードを目深にかぶり、顔の造作が見えない。しかし、少し袖のあたりが大き目の黒いパーカーにジーンズという服装は、男の子だろうか。


背丈からして小学生 ──こんな時間に子供が歩いているのは不自然だった。子供だとわかると気味悪さが薄れ、心配する気持ちの方が勝った。


「君、こんな時間に一人で歩いていたら危ないでしょう?」


男の子は黙って顔を上げた。片目にしている眼帯が目立った。


「いい匂い。肉の匂い?」


男の子は私の質問には答えず、少し掠れた高い声で訊ねる。


──詮索されたくないのかな。まさか、家出とか?


「ああ、焼肉屋さんで働いてるから」


私は仕方なく答えた。
私の服や髪には肉や脂の匂いが染みついているのだろう。もう慣れてしまったが、家族にもしばしば指摘される。通りを歩いている子供にも指摘されるほどなのだろうか。


「いいねえ。いい匂いがして、いいねえ」


男の子は、にいっと笑った。
とにかく帰ったほうがいい、家の人が心配してるよ、近くなら送ろうか?様々な言葉が私の中で渦巻く。


心配な気持ちもあるが、私はくたくたに疲れているし、どことなく奇妙なこの子を早く家に帰して厄介ごとには巻き込まれたくない、というのが本音だった。交番に連れて行くか、と思うがこの近くにはない。


「あのさ……」


 帰るように促そうとしたそのとき、男の子がまた口を開いた。


「お姉さん、お金欲しい?」


私は、その言葉を聞いて突然思い出した。


──今日は、何日だろう?


咄嗟に腕時計を見て確かめる。十二月八日。
やっぱりだ。


事八日。
十二月八日を、ばあちゃんが別の呼び方で呼んでいたのは、大昔の話だ──。ばあちゃんが、軒先にざるを吊り下げていた。


「何しているの?」


幼い私は、大真面目にそんなまじないめいたことをするばあちゃんが不思議だった。


「ん?目一ツ小僧を遠ざけるためだよ。ざるはたくさん目があるだろう?」


目一ツ小僧って、絵本で見たことがある一つ目小僧と同じだろうか?ばあちゃんはいたって神妙な顔をしているので、だんだん恐ろしくなってきた。あれは、お話の中のお化けだと思っていたけれど……。


「たくさんの目を見てびっくりして目一ツ小僧は逃げるのさ。だからこうして」


「目一ツ小僧って本当にいるの?」


恐る恐る訊ねると、ばあちゃんは曖昧に頷いた。


「ばあちゃんがお前くらいの頃、お友達が話しかけられたと聞いたことがあるんだよ」


 ばあちゃんはそう言って、私の目を覗き込む。


「もし、お金が欲しいか?と聞かれたら逃げろ」


「……一つしかない目を見ちゃいけないよ」


そう教えてくれたばあちゃんは、私が中学生の頃に亡くなってしまった。とっくにざるを軒先に吊るす習慣もなくなっていたけれど……。


「欲しい、と答えたら一つしかない目で睨まれて……」


その後はどうなってしまうのだろう?肝心の話の続きを忘れていた。


「お姉さん」


気が付くと、子供が私の服の裾を引っ張っている。私は悲鳴を上げて、自転車を漕ぎだした。子供が顔を上げる。眼帯の下はどうなっているんだろう……?


今からざるを吊るしても間に合うだろうか。
私は混乱しながらも、男の子を振り落とそうと必死になった。


「俺、帰らないよ」
耳元で、男の子が笑った。
低められた声が夜の中に響いた。



 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story23

三浦怪談・新編:第22回「道切り」横須賀市 長井荒井地区
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story22
第22回:「道切り」
横須賀市長井荒井地区


 

「今日も退屈だな」


それがケンタのいつもの口癖で、その言葉の後には大抵遊びの提案をし合う。しかし俺たちがいくつか提案しても、その日のケンタは納得しなかった。


「なんかこう、もっといつもやったことないような遊びをやってみたいんだよ」

「刺激があるようなさぁ」

──例えば……明日から始まる神社の祭りのしめ縄を切っちゃうとか。

「バ……」


 普段温厚なミツルは、あまりの失礼な発言に言葉にならないようだ。(何言ってるんだ馬鹿。絶対バチが当たるぞ)


ミツルはそう言いたかったのだろう。俺も同じことを思った。
けれど暴君タイプのケンタは、真っ向から否定しても聞かないだろう。
それどころか、否定したら逆にやると言って聞かなくなるかもしれない。


「ケンタさあ。だいたい鳥居の上のしめ縄なんて、届かねーし、太すぎて切れないだろ?」


な、だから別の遊びを……。
そう言いかけてケンタを見ると、眉間にしわを寄せて何かを考えている。
まずい。かえってケンタに火をつけてしまったみたいだ。


「いや、何ヵ所かある入口のほうなら大丈夫だろ……」

ケンタは口の中でぶつぶつと呟く。

「……俺、家で作戦を練ってくるから。明日やろうぜ」


思いつめたような顔をしたまま、ケンタは帰ってしまった。何故そこまでケンタがこだわるのかがわからない。ミツルと俺は顔を見合わせ、そのまま気まずい雰囲気で別れた。


俺たちの住む地域では、神社のお祭りのときに「道切り」という行事をおこなう。道切りは、神社の鳥居と地域の境となる場所数か所にしめ縄を飾って、病気や悪いものを遠ざけようとするまじないのような行事だ。


神社のしめ縄は太くて大きいけれど、境のほうはそちらより細くて、藁でかたどった蛇や刀やぞうり、木でできた小さなサイコロを下げる。それらがゆらゆらと風に揺れている様子は、小さい頃から見慣れている光景だけれどよく考えてみると不思議なものだ。きっと昔の人が考えた「結界」なのだろう。


──その結界を破ってしまったら……。


昔から伝わる迷信なのかもしれないけれど、ぞっとした。結界を破った魔物が俺たちの地域へじわじわと近付いてくる。明日になったら勇気を出して、ケンタを止めよう。俺はそう決心した。


ずしん。
その夜、突然お腹のあたりに異変を感じた俺は目を覚ました。そして次に、体が捩じれるような衝撃的な痛みを感じた。
強い力で押しつけられ、息もできない。
何が何だかわからなかった。
何か大きなものが、俺の上半身と下半身を引きちぎろうとしている──?
俺はもがこうとするが、体は動かない。声も出ない。
このまま死ぬんだ……。

冗談ではなくそんな覚悟をしていた俺は、何事もなく翌朝目を覚まして拍子抜けした。


「上半身も下半身も、くっついてる……」


よかった。
俺は思わずそうつぶやいた。
昨夜のことを話せば、ケンタを止められるかもしれない。


しかし、予想に反して待ち合わせ場所に現れたケンタは浮かない顔をしていた。朝から大人たちが縄をない、しめ縄の準備も整っていた。てっきりギラギラした目で俺とミツルを無理矢理従わせるのだと思っていた。


「……やっぱやめるわ」


ケンタは顔色まで悪かった。
青白い顔で無言のまま手のひらを開いて見せる。
俺とミツルは思わず声を上げた。
ケンタの手の上には、死んだヤモリが乗せられていた。
それも、下半身だけの──。


「これが玄関に落ちててさ。何か、怖くなったんだわ正直」

 
俺は、何かを言おうとして口をつぐんだ。
昨夜の夢と偶然とは言え、似すぎている。


「昔の人は、よっぽど恐ろしいことがあったから道切りを始めたんだろ」

ぽつりとケンタは言い、俺たちも頷いた。


俺たちは神社の近くに下半身だけのヤモリを埋めた。そして、それから別のもっと楽しい遊びを考えることにしたのだが結局何も思いつかず、三人で海を眺めていた。


「……俺、大人になったらこの町を出て、別の場所に行きたい」

 ケンタがふいにそんなことを言う。

「恐ろしいものが入ってこないような場所に」

──そんな場所がこの世にあるのだろうか?


俺はそう考えながら、ケンタの言葉について考えていた。
今までこの地域を出ることなんて考えたこともなかった。

──道切りが行われているんだから、逆に安全じゃないのか?


でもいつか、大人になったらここを出て行くのだろうか。それとも父さんやじいちゃんのように朝から縄をなうのだろうか。

 
俺は見えない結界のことを考えかけて、やめることにした。


「俺の家に行こう」


頷いたミツルとケンタを引っ張るようにして、俺はしめ縄の前から走り去った。
風もないのにしめ縄が揺れた気がした。
俺は一度だけ振り返ったが、すぐに前に向き直って走り出した。



 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story22

三浦怪談・新編:第21回「天に帰る」三浦海岸
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story21
第21回:「天に帰る」
三浦海岸


 

ぱちぱちと火の爆ぜる音で目を覚ました。
私は無意識のうちに枕元の暦を確かめた。


一月七日。
すぐ近くの海岸で、「おんべ焼き」が行われている音だ。
そう言えば、数日前から竹を組み合わせて塔を作り上げる「サイト」を立てていた。
火が付けられる前のサイトに、正月飾りを置いていく人の姿をしばしば目にする。
七日の早朝、集まった正月飾りと共にサイトに火を放つ。
風によっては、火柱は天に昇るほど高くなる。年神様をお送りする行事だと聞くが、神様はあの火柱を伝って天へ帰られるのかもしれない。


思いつめたように正月飾りを置くと、手を合わせたままいつまでも動かないものもいる。
それも一人ではない。ぐるぐるとサイトの周りを歩き、長い間海を眺めてからようやく立ち去る。


「そこで待っていても何も来ないよ」


私は心の中でつぶやいた。
私の念が届いたものか、その人は辺りを見回し、不思議そうに首をかしげて海岸を後にした。そうして七日の朝までに、たくさんの正月飾りが集まる。


外に出ると、風に煽られた竹の燃えさしが細かく砕けて散っていた。
突風に巻き上げられて、燃えさしは歩む私を取り囲み、さらに道の先へと吹き抜けて行った。


「今年も来たのか、婆さん」


海岸に着くと、声をかけられた。世話役の老人たちとはすっかり顔見知りになっていた。
長い竹の棒で火をつつきながら、老人の一人が私に日本酒を手渡した。


「婆さんはいくつになったよ?」


自分も老人だろうに、と私は思った。


「……忘れた」


そう答えると、老人たちは声を立てて笑った。


──龍を見るまでは私は死なないだろう。


「年神様は龍が天に昇って行くように、空へ帰るんだよ」


幼い私の手を引いて教えてくれたのは、祖母だった。
とうの昔に天に召され、他の家族も次々と天へ帰っていった。


──今年はいい風が吹いている。今年こそは。


私は祈るような気持ちで火柱に近付いた。火の勢いは恐ろしいほどに増していき、
突然、バチッという大きな音と共に火柱の一部が突出して伸びた。
まだ夜が明けきらない海岸が、閃光に包まれた。


「今のはなんだ?」


老人たちはその刹那、騒然となった。
龍が現われたのだと私は期待していた。ついに私も、天に呼ばれる時が来たのだと。
しかし、伸びた火柱は龍には見えなかった。
ひどくしわがれた手に見えた。亡くなる直前の祖母の手に似ていた。
老衰で最期は眠るように息を引き取ったが、最期の瞬間までは長く床に臥せって辛い日々を送っていた。私を誰よりも可愛がってくれた祖母だった。


「……まるで鬼婆だった」


布団の中で繰り返し私の名前を呼びながら、痩せて骨ばかりになった手をこちらに伸ばしていた。苦しかったのか。それとも愛しかったのか。


──あの手を取ったら終わりだ。


幼かった私は、恐ろしさの余り、祖母の元から逃げ出した。今、考えればよくあんなに薄情な行動ができたものだ。私が離れた際のうなだれた祖母の顔は、今もはっきりとまぶたに焼き付いている。


「呼んでいるのは神様ではなく、婆ちゃんか」


私の声はあまりにも小さく、誰にも聞こえなかっただろう。


「婆さんほら、今年も松の葉を持っていくだろ?」


焼け残した松の葉を玄関に飾ると、縁起がいいとされている。毎年、私は世話役たちに松の葉を分けてもらっていた。


「ああ、今年は結構焼けちまったな」


「……今年はいいよ」


私は首を横に振った。


「あんたの分くらいはあるよ」


他の老人が、私が気兼ねをしているのだと勘違いしたようだ。


「本当にいらないよ」


そう言って、私は浜辺に背を向けて家に帰ろうとした。


「……婆さん、まさか。来年も会えるよな」


 一人が冗談めかして言うと、顔なじみの老人たちがいっせいに子供のように不安な目で私を見た。


──龍はまだ見てないがね。


私は老人たちに曖昧に笑い返すと、家に向かってまっすぐに歩き出した。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story21

三浦怪談・新編:第20回「スキマ」白石町 / 通り矢
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story20
第20回:「スキマ」
白石町 / 通り矢


 

赤銅色のテトラポッドが並んでいる。
曇天の重たい空気に包まれ、辺りは閑散としていた。
クレーン車。コンクリートを流し込むための機材。
出来上がった真っさらなテトラポッドたち。
通称テトラポッドと呼ばれる波消しブロックが、赤銅色の鋳型にコンクリートを流し込むことによって作られることを初めて知った。この場所で作られたテトラポッドは、ごく近隣の海で使用されたり、船で輸送可能な神奈川の他の土地に運ばれるのだという。

……スキマ。
ぽつりと勝手に漏れ出た言葉に、僕自身はっとした。
そうだ、スキマのことをすっかり忘れていた。

小学生だった僕は、城ヶ島付近の海や漁港と反対側の岸壁付近などで泳いで遊ぶのが大好きだった。恐らく今は遊泳禁止だろう。当時から小型漁船にいつの間にか接近してひどく怒られたりした。

テトラポッドに登って遊ぶことも、周囲の大人にはいい顔をされなかったが、日課のように近付かずにはおれなかった。子供の足ではまたぐのに苦労するコンクリートの傾斜。少し高い位置からのジャンプ。全てが刺激的だった。足を滑らせて海に落ちることも、足の運びを誤ってコンクリートの塊に頭を打ち付ける可能性も、当時は適度なスリルとしか感じられなかった。

そんな時に聞いたのがスキマの噂だ。
テトラポッドは海の底から積み上げられている。しかし、その独特の形状から積み上げたテトラポッド同士には隙間ができ、足を滑らせて隙間に入り込んだが最後、決して助かることはないという話だった。無数の隙間には幾人も閉じ込められた人がおり、どこかから流れ着いた遺体が入り込んでいることもある──。

── 今、思えばあれは大人が僕らを危険な遊びから遠ざけるための嘘だったのかもしれない。

しかし、当時は素直に恐ろしかった。

テトラポッドに近付かなかったのは数日間。
やがて僕は怖がるのにも飽きて再びテトラポッドに登って遊び始めた。日が高いうちは恐怖心を忘れていた。が、夕暮れが近づいてくるにつれて、あの不穏な噂が頭にちらつき始めた。

「本当にこの重なりのどこかに人が閉じ込められているのか?」

僕は手近なテトラポッドに耳を付けてみた。
波の音しか聞こえない。
今度は見えない隙間に向かって「おーい」と呼びかけてみた。すると、ごく小さな声で「おーい」と返事が返ってきた。しわがれたおじいさんのような声だった。怖くなった僕は転がるように走って家へ帰った。辺りはすっかり暮れていた。

しかし翌日、僕は何故か再びまたテトラポッドの上に来た。何度呼びかけても返事はなかった。あんなに怖がっていたはずなのに、同じ行動に出たのかは自分でもわからない。諦めかけて家に戻ろうとした夕暮れ。確かに僕は消え入りそうな声を聞いた。

「おーい」

僕は急いでテトラポッドに耳を当てた。昨日よりも苦しげに聞こえなかった。

気付かぬうちに漁船に近づいて怒られたときも、テトラポッドに登って怒られたときも、僕は一人だった。僕はずっと一人で遊んでいた。だからスキマの声を聞いたのも、僕一人だったのだ。僕はいつからかスキマを、友達のように思っていた。

しかし物語は突然終焉を迎える。
スキマの話をうっかり祖母にしたせいで、母親に話が伝わり、僕は外遊びを禁止されるようになってしまった。家の中で僕は何度も「おーい」と呼びかけた。
もちろん返事はなかった。
母親の心配そうな顔だけがあった。

そして大人になる現在の間に、僕はスキマのことをすっかり忘れてしまっていた。
目の前でテトラポッドが作られている過程を見て、突然思い出した。
あの声は、誰だったのだろう。
寂しそうにも、親しげにも聞こえたあの声は。

── 足を滑らせてコンクリートに強打した頭の痛み。

── 痺れるほど冷たい水。

そんな記憶がふと浮かんで消えた。誰の記憶なのだろう?

「おーい」

僕はまだ海に沈められる前のテトラポッドに向かって叫ぶと、返事を待たずに歩き出した。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story20

三浦怪談・新編:第19回「盗人狩」毘沙門
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story17
第19回:「盗人狩」
毘沙門

俺を呼ぶ声がする。気のせいだろうか?

何故か俺は崖の上で足がすくんでしまった。
怖いもの知らずと言われていたこの俺がだ。
今まで好き勝手に生きてきた。誰に気兼ねもなく、食べたい時に食べ、酔いたいだけ酔い、欲しいものがあれば奪ってまで手に入れた。
野放図な生き方を続けるうちに、盗賊の仲間に入っていたのは当然の流れだった。

※※※

俺は何かに呼ばれているような気がして立ち止まった。
「お父さん」と笑いながら娘が手を振っていた。
錯覚などではなかったと俺も笑い返し、ふと我に帰って娘の顔をまじまじと見た。
俺はあのとき、まだこの子に出会ってはいなかった。

俺は幼い頃に親に捨てられていたし、身寄りもなかった。自分の食い扶持は自分でなんとかする。たとえそれが正しい方法でなくても、生きていくためには仕方がない。
俺は、時折子供の俺にも世話を焼いてくれるお人好しの兄貴たちからそれを学んだ。
唯一俺を見捨てなかったのは盗賊だったんだから、皮肉なもんだ。
俺には失うものは何もなかったから、怖いものはなかった。危険な目に遭うことも日常茶飯事だったけれど、命を落としても別に構わないと思っていた。俺が死んでも特に誰も困らない。それどころか悪党が一人減ったと喜ばれるくらいだろう。

盗賊の間でも仲間割れはある。取り分の不平等から始まり、単に虫の居所が悪かったなどくだらない理由がほとんどだが、それらのいくつかが重なって俺は崖の上に追い詰められていた。広大で、途方もない高さの崖だ。
その昔、盗人がこの崖に追いつめられると身動きできずにお縄になったという伝説から盗人狩(ぬすとがり)などと呼ばれていた。
──ふん、バカバカしい。
今までの俺なら嘲笑って命を投げ出しただろう。
しかしそのときはさすがに迷って、じりじりと崖の際に追い詰められた。俺は海面を覗き込んだ。
渦巻く水の中に無数の顔が蠢いていた。すべての顔が苦悶に歪んでいた。
忘れもしない。これまで俺が襲った、脅し取った、殺める寸前まで打ちのめした人々の顔だ。
俺の足は竦んだが、今までの行いを考えるなら当然だという諦めもあった。
──俺の業は消えない。だったらもう。
自棄になった俺は一歩を踏み出した。

海面に浮かんだ顔のうちの一つが目に飛び込んできた。花が咲いたような女の子の笑顔。
「イカナイデ」
女の子の口の動きを必死に読んだ。
わけがわからずに俺は、すれすれのところで立ち止まった。

俺は目眩を覚えてその場にしゃがみこんだ。
ぐるぐると時間が錯綜した。

※※※

そいつは岩場で泣いていた。汚れた布に幾重にも包まれていたが、近づいて見て俺は思わず後ずさった。そいつは、赤ん坊だったんだ。
たった一つだけ意思を伝える方法が泣くことだ、とでも言うように全身全霊で泣いていた。声を枯らして俺を呼んでいるように見えた。

※※※

俺は立ち去ることができずに思わず抱き上げた。
この世の中で、こんなに愛らしく神々しい存在があるだろうか。薄汚れた俺ですら一瞬でそう思ってしまったんだ。
赤ん坊は女の子だった。火がついたように泣いてばかりいたかと思うと、何がおかしいのか急に笑ったりした。こんな俺だと知らないで、この赤ん坊は笑ってるんだろうな。
そう思った。

しゃがみこんでいた俺を盗賊仲間たちが滅茶苦茶に殴り、崖の上から突き落とした。
あの、おぞましい顔たちの中に飛び込む自分を思い浮かべた。
海面に叩きつけられるまでの長い間、見たこともない女の子の顔がずっと頭から離れなかった。

※※※

 しかし結局、運命のいたずらで俺は生き残った。絡み付いてくるいくつもの顔を力づくで退け、見慣れない岸辺に泳ぎ着いた俺は、濡れた体で陸地へ上がった。
 もう誰かを傷つけるのはやめよう。
 俺は誰にともなくつぶやいていた。

 岩場の向こうからかぼそい泣き声が聞こえ、それがだんだんと力強くなってくる。俺はこの泣き声を知っていた。そしてそれから先のことも全部。
 そいつと出会うために、俺は重たい体を引きずって岩場を目指した。
 泣き声は俺を呼ぶようにいっそう高く響いた。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story19

三浦怪談・新編:第18回「晴天の散策」どんどん引き(荒崎公園)
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story17
第18回「晴天の散策」
どんどん引き(荒崎公園)


潮の満ち引きによって、私の棲家の風景は変わる。満潮時には、なみなみとした海水に覆われる。

私は首だけを水面から出し、何か変わったことはないかと周囲を眺める。のっそりと岩場の間の棲家を出て、一日に二度ほど辺りを散策するのが日課になっていた。時として思いもよらない漂流物が流れ付く。それを見つけることが私の密かな楽しみだった。

その日は潮の流れが特別速かった。長年この場所に棲む私でも、油断していると流れにさらわれそうになる。数年に一度あるかないかの悪天候だった。

体の向きを変えようとしたとき、ふいに何かが私にぶつかってきた。小さいながらも衝撃を感じた。ぺたりと吸い付くような感触があり、確かめると髪の毛の塊だった。驚いて塊を持ち上げると、そのままずるりと頭と体がついてきた。私の手の下に、人間の男がぶら下がっていた。

男はまだ息があるようで、わずかに開いた目から青みがかった白目が覗いていた。私は男を担ぎ上げて棲家へ持ち帰った。

持ち帰ってきた男は、輝くばかりに美しかった。私は私以外の存在と滅多に接することがないために、確かなことはわからない。けれどもきっとこの男は美しいのだ、と直感した。男の美しさはくっきりと鮮烈で圧倒的だった。そうして私の醜さは、男と比べることでいっそう際立った。私は初めて、己の醜さを省みた。自分を意識することはどこか恥ずかしかった。

ここへ流れ付く前のことをまるで覚えていない様子の男は、言葉を話さずただじっと私を見つめていた。その目には嫌悪もなければ、他のどんな感情も浮かんでいなかった。

本来ならば私は男を頭からばりばりと食べるはずだった。生きているものはもちろんのこと、大きな木切れなども何でも飲み込んだ。そのようにして私はこれまで生き延びてきたのだが、男を即座に食べることはできなかった。美しいとは、恐ろしいことだ。

毎日食べられそうな魚を捕まえて男に与え続けていると、何をするでもなく男はずっと私のそばにいた。他にどうすればいいのかわからなかったのかもしれないが、ともかく男はそこにいた。

次に嵐が来れば、再び流されていってしまうかもしれないと思いながら、私は少しでもその日が先であることを願うようになっていた。

天気のいい日には私は男を背中に乗せて、日課の散策へも連れて行った。男は私に掴まりにくそうにしながらも、必死に付き従ってきた。時折縋るような目をすると、心が乱れた。私には似合わない感情だと思った。

大きな丸太が流れ着いたときには、男は歯を見せて笑った。靴が流れてきたときには神妙な顔をした。

厄災は突然やってくる。男が偶然流れ着いたように、今度は大波が男を私の棲家から吐き出した。男の体は波に翻弄され、方々の尖った岩にぶつかってだんだんと体が削れてきた。皮膚が破れ、血が流れ、整っていた顔の造作は無残に傷つけられた。それでも男は、変わらず美しかった。

男の体は見る間に小さくなっていたが、今にも絶えそうな息遣いで初めて言葉を発した。

「何故、わたしを食べなかったのですか?」

私は男の言葉に即答することができなかった。自分でもうまく説明がつかない上、もともと男と私では発する言葉が違うのだった。私は口を開いた。尖った歯の間から、「うう」と呻き声だけが漏れた。

──食べることができなかったのだ。

本当ならばそう、私は伝えたかった。しかし伝えられなかったことが幸福だとも思った。

大波は幾度となく寄せては引いてを繰り返し、その度に男の体をあちこちの岩にぶつけ、やがてぼろきれのように変えてしまった。私はただじっと、手も出さずに変わっていく男の様子を見つめていた。

好物が流れ着いた時の喜びとも、見たこともない道具が流れ着いた時の高揚感とも違う。男の存在が私の心にもたらしたのは経験したことのない感情だった。しかし私はその感情を何と名付けてよいのかわからない。大きな岩場にぴったりと納まるような体と、どす黒く光る鱗と鋭い歯を持つ私には。

男の顔がすっかり削れてしまうと、もう二度と見ることのできない男の笑顔が、一瞬だけまぶたの裏に浮かんで消えた。私は迷った末にぼろきれのような男の体の一部を拾い上げ、再びのっそりと棲家に戻った。

いつしか嵐は去り、雲間から太陽が覗いていた。見上げると、青空に浮かんだ雲がゆったり流れていった。
男がいた日々が急に遠いものになった。

それから先、私の棲家には誰も訪れない。
こんなにまぶしいほどの晴天なのに、まるで闇の中のように静かだ。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story18

三浦怪談・新編:第17回「骨の船」城ケ島
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story17
第17回「骨の船」
城ケ島


「あの人の妻が死にますように」

心の中にふと浮かんだだけだったはずの言葉が、口をついて出た。慌てて周りを見回すが、こんなに風の強い日に海沿いを歩いている人は他にいない。吹き荒ぶ風も高波も、今はまるで気にならない。強い追い風に逆らい、よろめきながら歩いている途中。人目も憚らずに不謹慎な願いを口にするほど、わたしはあらゆるものから逸脱していた。

荒れ狂う海を見下ろしながら歩き、やがて橋の上にさしかかると、風に煽られた高波が足元で砕けた。朱に塗られた橋は、波飛沫を受けて濡れていた。橋のすぐ下は、海なのだった。

──もう少しで足元を掬われていた。

波が引いていくと、朧気だった意識が多少はっきりしてきた。

「危ないところだったんだ」

と呟いてみたものの、他人事のように呑気な声音だった。

真っ赤に塗られた橋を渡り終えると、ぽっかりと洞窟が口を開けていた。洞窟の中には朽ち掛けた船が見えた。まるで座礁してそのまま洞窟の中までとどまっているように見えた。さらに奥を見ると、華奢で美しい観音様が祀られていた。

わたしは吸い寄せられるように洞窟に進み入ったが、洞窟の奥に潜む鳥居のあたりまでは踏み入ることができない。絶望的な気持ちが押し寄せた。美しい観音様を前に、恥じ入るような気持ちにもなった。わたしは、観音様に縋るように手を伸ばした。

「どうか、あの人の妻を殺してください」

もう一度熱っぽい声で先ほどの願いを呟いた後、思いもかけない言葉が出た。

──どうかわたしを踏みとどまらせてください。

わたしは確かに、その刹那そう願った。

観音様が、かすかに笑ったように見えた。花がほころぶような、微かな笑みだった。そのとき、大波が洞窟の中まで押し寄せた。声を上げる間もなくわたしは波にのまれたが、不思議なことに息苦しさはない。

気が付くとわたしは、船に乗っていた。骨組みばかりになった幻のような船。呆然と周囲を見回すと、袖口に何かが引っかかる感覚がある。何気なく見下ろすと、華奢な腕がわたしに巻き付いていた。

見下ろした視線の先に、羽根があった。わたしは、海鳥に姿を変えていた。袖口と錯覚していたがところどころ灰色に汚れた白い羽根に、人間の肘から下だけが絡み付いているのだった。

悲鳴を上げようとしたが、もう声の出し方を忘れていた。それはとても、些末なことのように思えた。

船はわたしが漕ぐまでもなく、潮の流れに沿ってどこまでも進んだ。わたしの羽根に絡み付いていた腕がわたしから離れ、船の舳先に進み出て行くべき方向を指し示す。すると船はその指が示す通りに進んで行った。

海鳥の形をしたわたしと腕、そして骨組みだけの船が進んで行った。海は荒れ果てていた。船は揺れ、わたしと腕は何度も大波を被ったが、船は傾かなかった。やがて波が凪ぐと、月が出た。

月を見上げていると、再び腕がわたしの羽根に絡み付いてきた。わたしはそれだけで、十分だという気がした。これまで生きてきたことと、生きていく上で犯してきた様々な罪や愚かな行い、泥のようにこびりついた憎悪などが遠い昔の出来事になった。

わたしの許されることのない行いも、安らかに凪いでいくような気持ちになった。そしてわたしは、針金のような足で立ち上がり、船から乗り出すと海へ身を沈めた。鳥だったはずの体は、水をまとった瞬間に重い人間の体に変わっていた。

「一度だけ。次はない」

耳元で声がした次の瞬間、何か強い力に引き戻され、わたしは水の膜を突き破った。もう一度生まれたばかりのときのように、体の全てが濡れていた。顔も両の目も、等しく濡れていた。

わたしは橋の上に立っていた。ほんの一瞬の出来事のようにも、何年もの時を経たかのようにも思えた。強風は治まり、橋の下で波は静かに規則正しく打ち寄せては引いていた。

もう少し歩いていくと、洞窟が見えてくるだろう。わたしは遠くから、手を合わせた。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story17

三浦怪談・新編:第16回「バス停」三崎町諸磯 浜諸磯
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story16
第16回「バス停」
三崎町諸磯 浜諸磯


バス停に人影はなかった。夏休みを利用して久しぶりに故郷に帰ってきた私は、灼熱の地面から立ち上る陽炎をぼんやりと眺めた。暑さのあまり、視界がぼやけた。

バスに乗り込んだときには数人いたはずの乗客が消えていたので、いつの間にか私はうたた寝していたらしい。私は周りの風景が懐かしくてしばらくその場に佇んでいた。空っぽのバスはすぐに砂煙を立てて走り出した。そのとき、一台の自転車が私の前を通り過ぎて行った。ぬるい風が頬をかすめる。

──あれ?

私はかすかな違和感を覚えた。自転車には、短く切り揃えられた髪の少年が乗っていた。

「アキ」

思わず声をかけると、突き当たりの神社の前で自転車は止まった。私の声は思ったよりも大きく、少年に届いたらしかった。振り向いた少年は、やはりアキだった。私に気付くとアキは目を見張り、自転車を停めてゆっくりとこちらに近付いてきた。自転車のかごからビニール袋に入った荷物を取り出し、ゆらゆらと細い手に提げている。

「久しぶり」

アキは私を見て、笑った。細い目と細い体。薄い唇は少し大き目で、笑うと猫のような印象になる。アキはまったく日に焼けていなかった。

「どうしたの?こんなところで」

私が問うと、アキは手にしていた袋を目の高さまで持ち上げた。

「……神社でお昼を食べようと思って」

あ、ああそう。私は間抜けな返答をした。そして、久しぶりにこの土地に姿を現したのは私のほうなのに、「どうしたの?」もないものだと我ながら呆れた。

「私は夏休みで、久しぶりに帰ってきたんだ」

「そうなんだ」

アキはごく自然に頷き、それ以上は何も言わなかった。神社はロープが張られていて、一見、立ち入りを禁じられているかのように見えた。

「またげば大丈夫。静かだし、涼しいよ」

アキはそう言うと、ひょいと飛ぶようにロープを越えて神社の鳥居の中に吸い込まれた。私も慌てて後を追う。私の体は重く、小走りになると汗がしたたり落ちた。丁寧に手を合わせた後、アキは境内から少し離れた場所に腰を下ろし、持っていた菓子パンの袋を開けた。

「……食べる?」

覗き込むようにアキが尋ねたが、私は断った。

「これから家に帰って、食事をすると思うから」

久しぶりに会う母が、私の好物をあれこれ拵えてくれているに違いない。きっと食べきれないほどの量だ。帰省するたびに繰り返される慣例だった。

「そうだよね」

アキはまた私の言葉を受け止めるように静かに頷いて、パンを食べ始めた。上品な食べ方ではあったが、かなり空腹に見えた。私はふと思いついて、家へ誘おうか迷った。けれど、アキが控えめに微笑んで「僕はいいよ」と断るような気がして言葉を飲み込んだ。

アキが食事をする間、私たちはぽつぽつと話をした。私の仕事の話や、一人暮らしの部屋の話、友達の話。アキの話は、先日の台風のときの高波とか、ふいの夕立とか、自然の話が多かった。アキは、いつも一人で散歩したり自転車に乗ることを好んでいた。三日月のような細い目に、海の景色や自然を焼き付けているみたいに。流れていた汗もいつしか乾いていた。木々の間を風が抜け、アキの髪を揺らした。

「バス停で、姿が見えたから」

そう言って、アキは手を振ると神社のロープから外側へは出ようとしなかった。帰り道。突然アキは頑なに動かなくなった。「家へ帰る」と歩き出した私を、アキは何故か老成した目で見つめていた。静かな表情だった。

アキは笑顔のまま、手で私に「行け」と合図した。私は急に悲しくなった。大声で泣き叫びたい衝動をこらえた。しかしそれは、彼の姿を見た瞬間からわかっていたことだった。

アキは、私が中学生の時の同級生だった。中学三年生の夏休み、アキは突然姿を消した。地域を上げて捜索したが、アキは見つからなかった。何年も捜索は続いたが、何の手がかりも見つからないまま時だけが流れた。私は故郷を出て就職し、一年に二度、お盆と正月だけ帰省するようになった。

二年前の夏、ふいにアキはバス停に現れた。初めてアキを見たときには、目を疑った。私はアキに再会できた嬉しさに浮かれたが、すぐその後に絶望的な悲しみに襲われた。

時が止まったままの姿のアキは、既に彼がこの世にいないことを証明していた。半袖のシャツに日に焼けていない肌は、初夏を連想させた。アキは、夏休みの始めにいなくなってすぐ──。考えかけて、私はやめた。目の前のアキの笑顔が、すべてだった。

私は一人でロープを飛び越えた。今度は体が軽く、一瞬だけ自分が少女の頃に戻ったような気がした。ほんの一瞬だけ。歩き出して振り向くと、もうアキの姿はなかった。

──私、アキのことが好きだったんだ。

そんなふうに告げたなら、アキは困った顔をするだろうか。もう一度自転車が走ってこないだろうか。こちらに向かって。私は何度も後ろを振り返りながら、やがて諦めて家へ続く脇道に足を向けた。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story16

【MFC連載】三浦怪談・新編 第15回「無人の宿」横須賀市浦賀
title_miurakaidan
三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story15
第15回「無人の宿」
横須賀市浦賀

 
船宿には栄治の他に、誰も客がいなかった。栄治は船宿の引き戸を開いて、頭だけを突っ込むようにして恐る恐る中を覗き込んだ。宿は妙にしんとしていて落ち着かない雰囲気だったが、宿の主人と目が合うと、にたりと粘りつくような笑みを浮かべたので引き返せなくなった。

「……今晩は俺だけなのかい?」

栄治が尋ねると、主人は愛想笑いを浮かべて曖昧に頷く。肯定とも否定とも取れる首の角度だった。

「これからぼちぼち見えますでしょ」

主人は言いながらさっさと栄治を部屋に案内し、「間もなく食事にしますので」と言い置いて出て行った。

毛羽立ち汚れた畳の上に寝転んでうとうとしていると、栄治は夢を見た。どこまでも続く南瓜畑の夢だった。すぐにでも収獲できそうな大振りの南瓜が、月明かりに照らされてゴロゴロと豊富に生っているのだった。南瓜は栄治の大好物だ。

──そう言えば、南瓜もしばらく食っていないな。

何気なく畑に近付き南瓜を覗き込んだ栄治は、弾かれるようにそのまま後ろにひっくり返った。先ほどまで南瓜だと思っていた実は、すべて骸骨に変わっていたのだ。

両手で抱えなければならないほどの大きな頭蓋骨が、ゴロゴロと畑に転がっていた。窪んだ眼窩に溜まった土に、夜露がおりて光っていた。栄治は口元を押さえ、声にならない声を上げた。

「はい、おまちどおさま」

何者かの声で、突然栄治は夢から引き戻された。主人が目の前に縁の欠けた皿を並べるのを、栄治は横になったまま荒い呼吸を整えながら見ていた。

「こんなものしかありませんが」

皿の上には南瓜の煮物が乗っている。栄治は思わず唾を飲み込んだが、頭の片隅にふと嫌な予感がよぎった。

「……これはどこから持ってきた?」

栄治はひらりと起き上がると、主人に詰め寄った。焦点の合わない目で笑っている主人の胸ぐらを掴むと、皿の上の南瓜が弾けて飛んだ。主人はえへえへと笑いながら、庭を指さす。栄治の視線の先には小さな庭があり、盛り上がった土から南瓜の蔓が伸びていた。

「庭から急に南瓜が生えてきたんですよ」

畳の上に寝転んで、なおもえへえへと笑っている主人を放り出し、栄治は膨らんだ土を夢中で掘っていた。南瓜の蔓と大きな葉をかき分け、蔓を引っ張り上げると、ほどなく白いものが覗き、こつんと手応えがある。蔓を引っ張ると、小さな頭蓋骨が一緒に土中から上がってきた。

「うわあ」

栄治は掠れた声を上げた。大きさから言って、人間のものではない。何か小動物の右の眼窩から南瓜の蔓が伸びていた。

「執念深いもんだなぁ」

畳に倒れたまま、宿の主人がぽつぽつと語り出した。

栄治が振り返ると、主人は薄気味悪い笑みを浮かべたまま、「猫ですよ」と呟いた。

「イタズラをしにね……入ってきたもんですから。こう、首を軽く捻ったんですよ。そうしたら簡単に死んじまった」

主人が息つぎをする音が、やけに大きく響いた。

「庭に埋めたらすぐに南瓜が生えてきました。試しに食ってみたら殊の外美味くて」

栄治の手の中の小さな頭蓋骨がさらさらと音を立てて崩れた。

「しかし、まさか毒の南瓜だったとはなあ」

言葉尻が奇妙に揺れた。あっ、と栄治が声を上げる間もなく、口を開けていた宿の主人の顔が崩れ、骸骨に変わった。栄治はあまりのことに腰が抜け、すぐには立ち上がれなかったが、力を振り絞って体を起こすと庭から宿の外へ飛び出した。立ち上がれなかったわずかな間が永遠のように感じられた。

「食わなくてよかった。食わなくてよかった」

うわ言のように繰り返しながら、栄治は暗くなった道をあてもなく駆けていった。固く握り締めた手の中で、骨のかけらが小さく音を立てた。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

【MFC連載】三浦怪談・新編 第14回「足を迎えに」北下浦
title_miurakaidan
三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story14
第14回「足を迎えに」
北下浦


ずるずると、何かを引きずる音が私の後ろから響いてくる。
振り返ると、私と一定の間隔を空けて男が歩いていた。男は細長い大きなものを手に持ち、体を揺するようにして歩いている。手にしていた何かが地面を引きずっているのだが、外灯もまばらな夜道の中で男の手元は不確かだった。

「……それは何ですか?」

私はしばらく立ち止まり、近付いてきた男に尋ねた。

何故見も知らない男に、私は言葉をかけようと思ったのか。口に出してから自分でも驚いた。男は私の顔を無表情に眺め、自分の手元に視線を送ると、

「蛸です。蛸の足です」とつまらなそうに答えた。

突然話しかけてきた私を、特に不審には思っていないようだった。意外な答に私も男の手元を見ると、夥しい数の吸盤が月明かりに照らされてぬらぬらと光っていた。急に雲が晴れてきて、満月に近い大きな月が顔を出していた。

なるほど蛸の足のようだ。しかし、並外れて大きい。どちらかと言うと男は大柄な体格をしていたが、その男でも苦労して引きずるほどの大きさだった。

「ずいぶん大きいですね」

私が言うと男は頷いた。先ほどよりはいくぶん表情に動きがある。

「あまりに大きいので、足を一本ずつ切り落として持ち帰っているのですよ」

男の話はこうだ。

男は今から一週間ほど前に船釣りに出て、見たこともないほど大きな蛸を釣り上げた。しかし蛸はあまりにも大きくて、一度には持ち帰れそうになかった。

「一本ずつ足を切り落として持ち帰ったらいい、と提案されたんです」

話しながらも、男は自分の話が信じられないようでしきりに首を傾げる。

「え、誰に?」

「蛸です」

多分、と男は自らに言い聞かせるようにつぶやいて、言葉を続けた。

「ただし、持ち帰るのは一日に一本ずつにしてください」

蛸は女のような可愛らしい声でそう告げたらしい。男の持っていた大きな桶には、ちょうど蛸の足一本分が収まった。そのような成り行きで、男は毎晩海に通って一本ずつ足を持ち帰っているのだと言った。

蛸は岩の大きな窪みにはまっていたが、逃げることもなく翌日もそこにいた。男は逃げてしまっていたらそれでもいいと思い、特に蛸を括り付けたりはしなかったが、蛸はまるで待っているかのようにそこにいた、と言う。

「今日で七日目。明日で最後です」

男は惚けたような顔で言った。

「明日で終わるのかと思うと何だか寂しい。足が無限にあればいいのに」

奇妙なことを言う男に、私は思わず身を乗り出し、明日は自分も付いて行っていいかと懇願した。男は一瞬何とも言えない嫌悪の表情を浮かべたが、私があまりにも熱心に頼むものだからしぶしぶ承知した。こうして私は巨大な蛸の足を引きずっていた男と約束をして別れた。男の後ろ姿はなかなか小さくならなかった。

翌日の月は、いよいよ丸かった。
私は海岸から少し離れた橋の上で男を待っていたが、約束の時間になっても男は現れなかった。来ない男を待っていると、昨日のやり取りがひどくあやふやなものに思われた。

──夢でも見ていたのかもしれない。
 
私が家へと引き返そうとしたそのとき、小さな水音がして遠くの波が揺れた。いや、波は絶えず揺れていたが、綿々と続く波の連なりの中に小さく浮かび上がるものが見えた。
 
慌てて海のそばまで駆け寄ると、夜の海に泳いでいる人の姿がある。首元にリボンのようなものを巻き付けて、実に幸せそうな笑顔を浮かべて波に漂っている。

八日目の夜に私は、蛸の最後の足を切り取りに行きました。すると、蛸は一本きりの足を持ち上げて私の体を絡め取り、掬い上げて自分と一緒に海に引きずり込んだのです。私にはわかっていました。心のどこかでこうなることを、望んでいました。あるいは、無限に切り落とす足があればいいのに。そうすればずっと会いに来られるのに。

ずるずると、私の後ろで何かを引きずる音が聞こえるので、私は振り返る。今夜の月は満月を過ぎ、欠け始めていた。

──首に巻き付いていたのは、リボンではなかったのですね。あれは、

「最後の足だったんですよね」

そうつぶやいた私の声は、波音に紛れてしまった。男の満たされた笑顔が私のまぶたの裏に浮かび、砕けた波とともに消えた。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

【MFC連載】三浦怪談・新編 第13回「前触れ」南下浦町松輪
title_miurakaidan
三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story13
第13回「前触れ」
南下浦町松輪


季節外れの台風が接近していた。午前中は穏やかに晴れていたがしだいに風が強くなってきた。

青空の下に立っていたユミオが、風に髪を巻き上げられて顔をしかめた。眉を寄せたユミオの神経質そうな顔は父親によく似ていた。白い額が初夏の日差しの中で浮き上がって見えた。

この頃のユミオは何か興味を惹かれるものを見つけると、周囲に構わず走り出して行ってしまう。立ち上がり、歩き始めてそれほど月日は経っていない。それを言うなら、生まれてからそれほどまだ月日は経っていない。けれどもユミオは小さいながらも、頑として譲らない強い意志を持っているように見えた。

猫の後ろ姿を追いかけて歩き出したユミオを追って、一緒に猫を追いかける形になった。猫はしなやかな足取りで草だらけの階段を上がっていき、その後を追うと丘の上の神社に辿り着いた。ユミオと二人で丘の上から海を眺めた。風が強いせいで白波が立っていた。

「台風が右側を通るときは被害が大きくなる。早く家に帰りな」

神社の石段を下りてぶらぶらと歩いていたら、船から上がってきた漁師に声をかけられた。曖昧に頷いたとき、ユミオが再び一人で走り出した。

「帰ろう、台風が来るよ」

船着場を過ぎて崖のほうへ走り出したユミオを追いながら私は叫んだ。崖も岩場も、幼いユミオには圧倒的に大きく鋭すぎる。危ないほうへ、私が恐れるほうへとユミオは進みたがった。金切声を上げてユミオを呼ぶと、小さな白い顔をこちらに向けて振り返った。ユミオのそのときの顔は別人のようだった。

夢を見た。ユミオが生まれてまだ間もない頃だ。母方の祖母と父方の祖母、そして見たことのない老婆が談笑していた。子供の頃に亡くなった大好きな母方の祖母を見つけて、私は思わず走り寄った。泣きながら祖母に縋り付くと、大人の姿の私を優しく抱きとめてくれた。

「私、子供が生まれたんだ」

そう報告すると、三人の老婆は一斉に頷いた。まるで既に知っているかのようだった。

ーーそうか、あの日はお七夜だった。

目が覚めて、ユミオが生まれてからちょうど七日目であることに気付いた。私は見たことのないもう一人の老婆を思い出そうとしたが、どうしても思い出せなかった。

「おばあちゃん」

ユミオの口から初めて聞く言葉が飛び出し、私は耳を疑った。ユミオは海面を覗き込んで、笑っていた。風が強く激しくなり、私はユミオを抱き上げて一緒に海面を見た。

そこには手のひらに乗るほど小さな老婆の顔があった。小さかったが、はっきりと顔の造作が見えた。皺だらけの顔には笑みに似たものが浮かんでいる。

私は思わず悲鳴を上げてのけぞった。ユミオは腕の中で声を出して笑っていた。生まれてから今までのユミオの顔が記憶のフィルムを巻き戻すようにどっと一度に押し寄せた。

笑い続けるユミオを背負って私は海から引き上げた。釣り船は頑丈に留め付けられ、人の往来は無くなっていた。切り立った岩場に波がぶつかって砕けた。

私は家へと急いだ。次第に重くなってきたユミオを何度も背負い直しながら、風によろめきながら小走りにかけた。台風に追いつかれる前に。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story13