
夏は暑い。
都内に比べると潮風の吹く三崎は涼しいというけれど、とにかく今年の夏もやたらと暑い。
三崎銀座商店街の地面は陽炎でゆらゆらと揺れている。
地面の温度を測ってみると70度を超えていた。
日曜日だというのに商店街は誰も歩いていない。
端から端まで歩いてみると、足の悪い猫と不吉な感じの黒猫が横切っただけで、誰ともすれ違わなかった。
夕方近くになって、店の前をアヴェック(20代)が一組歩いた。
「あら、かわいいカフェ。こんなところに」
こんなところ…。
そうなのよ。
こんなところで店をやるのは大変なのよ。
他所でやったことがないから分からないけれど、人さえいてくれたらやりようがあるというもの。
夕方までに唯の一人の客も来ないけれど、汚れてもいないテーブルを幾度拭いたことか。
日がどっぷりと暮れた頃、「三崎のサイモンとガーファンクル」と呼んでいる鮪屋の江川さん(60代)と三崎のドンキ「やなぎや」の吉岡さん(60代)がご来店。
禁煙の席で煙草を吸いながらコーヒーを飲んだ。
ああ今日も終わりか…という閉店間際にスナック「絹」のママ(70代)と従業員の男の子(30代)がご来店。
ビールを飲みながらママが、
「やってらんないわね、町が静かで」
―「誰も歩いてないですからね」
「困ったわね不景気で。どうしようかしら」
―「うちも今日はお客さん二人で、一日の売り上げが760円なんですよ」
すると従業員の男の子が
「ママ、うちもこの間まで暇で暇で参りましたよねえ」
するとママが笑いながら
「そうよ、だって2週間、誰も来なかったんだもの」
―「に、に、2週間!」
「…そうですかあ、上には上がいるなあ」
ママは煙草をくゆらせながら、
「そうよあなたは、まだいいほう」
終わり
きょうのうた ー原マスミ「夜の幸(よるのさち」
僕は原マスミさんのことをよくは知らない。
この「夜の幸」は1988年に発表されたとウキペディアに書いてあった。
僕はミサキプレッソがハネた後に、誰もいない港で夜釣りをする。
夏場は天の川がよく見える。
月が出ていてくれると、なんだかうれしい。
街灯の明かりに水面が光る。
見たことの無いにょろにょろとした面妖な生きものが、海面を漂っている。
フナムシがごそごそと這い回っている。
心地よい潮風が吹く真夜中の港は、現在でも過去でもない場所。
何年か経って、僕が「最後に目撃された場所」。
それはきっと港の岸壁の、月あかりの下。
「あそぼうよ、眠りの庭、夢の砂場、ロータスの水辺で
あそぼうよ、いつまでも、いつまでも、ずっとあそんでいようよ
だって君が夢から覚めたその時、たちまち僕たちは消えてしまうのだから」