三崎下町からバス通りの坂をダラダラと上り、三崎東岡のバスターミナルを過ぎてすぐ。
ひっそりと佇む中華料理屋が「来々軒」
テーブルの一番端にラーメンを置くと、そのうち反対側まで滑っていってしまう、などの冗談が出るほどの古い建物だが、その歴史は三崎の飲食店の中でも最古の部類。
昭和20年代後半に、先代が今の「三崎港」バス停辺りで「夜泣きそば」の屋台を始めたのが最初。
当時は深夜はおろか明け方までマグロ船などの船員が飲み歩き、街のはずれには「赤線」と呼ばれる娼館があったほどの歓楽街だった。
その後、現在の「市役所入口」交差点の角で常設の屋台営業を始め、40年代に現在の店舗に移転した、というのが定説。
最近、聞いた話では、それ以前から北条湾辺りで屋台を引いていたというから、まさに老舗中の老舗である。
その店が今月、11月末で閉店する。
二代目の久保田龍彦さんは言う。「保健所検査が近いんだけど、今更この古い店にカネかけでもさぁ」
また来年1月には80歳を迎える久保田さん。「こないだ中学の同窓会に行ったらさぁ、現役で働いてるのはオレだけなんだよ。そろそろ卒業させてもらってもいいかな、と思ってね」
店は久保田さんと奥さんの二人で切り盛りする。
そのコンビネーションは絶妙。まさに熟練のコンビ、といったところ。
料理は三崎で唯一の「本格台湾料理」
味もさることながら、値段もリーズナブル。
油壺のマリーナに係留するヨットマンたちのオアシスでもある。
人は近所にある老舗を「いつもあるもの」と感じる。
しかし店には必ず終わりがくる。
それを聞いて「もっと行っておけば」と思っても遅い。
人は「いつもあるもの」には、意外と気が回らないものだ。
子どもの頃、深夜に先代が吹く「チャルメラ」の音を怖がっていた臆病者がもう50代半ば。
マージャンに凝って、いつしか「昼の出前はお断り」
夜になれば巨人戦の中継に夢中で、客の事はそっちのけ。
コマーシャルのタイミングを見計らってはツマミを注文。
青島麦酒から始まって、台湾紹興酒の独特な味と、八角の効いた料理の香りを鼻腔の奥で味わった。
そんな独特の世界ももうすぐ終わりを迎える。
酒飲みは行き慣れた「止まり木」がなくなるのは、とても寂しい。まるで住み慣れた我が家を引っ越すかのように・・・
写真は来々軒で味わった料理の数々。
興味のある方は11月末まで。
月、火曜日は休みです。