sangawahajime
僕が三浦半島に住んだワケ(前編)

こんにちわ。
初めての方ははじめまして。
寒川(さんがわ)と申します。昨年より夏の間は油壷で海の家をやっておりまして、どうにも筆が遅くなってすっかり出遅れてしまいました。
サボりの寒川、ということで改めてヨロシクお願いします。

さて、僕は現在横須賀市の秋谷というところに住んでおります。職場同様に海のそばです。
おそらく、このコラムを書かれている方の多くが海の近くに住んでいる方ですよね。
そしてほとんどの方が、どこからか越してきたのだとおもいます。
いろんな事情があるのでしょうね。どんなきっかけで三浦半島に引っ越してきたのでしょう。
これから三浦の事をいろいろと語るにあたって、まずは僕のそのいきさつを書いてみたいとおもいます。

僕らが三浦半島に住み始めたのは10年ほど前のことです。
当時、中野で暮らしていたのですが、今の暮らしとは正反対で昼夜逆転の日々でした。
深夜に仕事をしていて、プリンターのインクが切れたとします。自宅から数分も歩けばドン・キホーテがあってどんな時間でも
なんの問題もなく欲しい物は手に入ります。その帰り道にフレッシュネスバーガーなんかをのぞくと、真夜中にも関わらず満席だったり
するのです。通りには普通に人が歩いていて、都会ってスゴいなぁなんておもうわけです。

そんな暮らしも3年ほどたち、その便利さも日常となったある日のことです。
夜中にネットサーフィンをしていたときにふと、パソコンのモニターいっぱいに海の画像が現れたのです。
浅葱色の海の真ん中に突き出した桟橋、その先には富士山がそびえています。その位置から一目で相模湾のどこか、
ということはわかりました。実は僕ら夫婦は結婚してすぐ4年間ほど逗子に住んでいたのです。
それにしても美しい景色でした。

IMG_5338

画面をよく見ると『横須賀市秋谷 物件より前の海をのぞむ ◯◯不動産』という文字が小さく隅にありました。
物件広告なのか、とよくよく見ても家らしき情報はどこにも見当たりません。
翌朝、朝食後に妻にその画像を見せました。

『ほら、スゴく綺麗な海だろ。秋谷ってたしか葉山の近くだったよな。こんなところあったっけ?』

『ほんとだ。久しぶりに海が見たいね。これからそこ行ってみる?』

『行ってみようか。2時間ぐらいで着くかな。』

子どもたちは学校にいっている。自営業者の強みで急遽、海までドライブしようということになったのです。
しかし、その場所がわからない。
仕方なしにその広告にあった不動産屋に電話をしてみました。

『あのー、インターネットで見たのですが、海に桟橋が突き出したところ…』

すべていい終わらないうちに

『あー、あれですか。まだ物件の詳細を出してないんですよ..』

予測通り、営業意欲満々の口調でした。
こちらもいい終わらないうちに

『あっ違うんです。家に興味があるわけではなくて、画像にうつっていた海がどこか知りたくて』

少し戸惑い気味な営業マンは続けます。

『いいですよ、地図をFAXで送りますから番号教えてください。ちなみに何区にお住まいですか?』

僕は中野区に住んでいることと、FAX番号を伝えました。

しばらくして不動産屋からFAXが届きました。それには場所の地図に加えて中野からの簡単な道順も書いてありました。
僕らは夕方までには帰ってこよう、と三浦半島に向かって車で走り出しました。

(つづく)


寒川一(サンガワハジメ)

sangawa
仕 事:(株)ステップキャンプ代表
伝えたいことトンビの目とチコガニの目で、私たちの暮らす三浦半島を伝えられたら
出 没 地: 油壷 胴網海岸
自慢できること: こんなふうに今日まで生き抜いてきたこと
好きなこと: ロマンチックとワクワク
ひとこと:時間は有限です。やれることをやりましょう。
Web:www.stepcamp.jp
1963年 香川県生まれ。玩具メーカー勤務を経て、独立。2005年中野区から三浦半島 秋谷に移住。アウトドアショップ、3knot(サンノット)を開業。 焚火カフェ、サンダルアドベンチャー、満月山歩など。独自のサボりサービスを展開。FM横浜アウトドアレポーター。2012年三崎に昼寝施設、ミサキシエスタサヴォリクラブ(昼寝城)を開城。ミサキファンフェスティバル、ミサキファンクラブ、三崎開港祭、などの開催や立ち上げに関わる。同時にアウトドアスキルを災害時などに役立てるSTEP CAMPを旗揚げ、2015年に株式会社化。現在は油壷 胴網海岸のSTEP CAMP BASEを拠点に活動中。著書『あたらしいキャンプの教科書』(池田書店)。