第2回:「鬼」 海南神社       

【MFC連載】三浦怪談・新編 第2回「鬼」
title_miurakaidan
三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story2

第2回「鬼」
海南神社


白馬は先を急いでいた。背中で娘は荒い息を吐いており、時折息の音がか細くなるたびに心臓が縮み上がった。自身の蹄の音が高らかに響く中で、娘の息づかいが妙にはっきり聞こえる。白馬の頭の中は、焦りに沸き立っているかと思えば、しんと冴え渡っている。

どうにかして娘を助けたいと思う一方で、「このままでは死んでしまうのだろう」と冷静に受け止める気持ちもある。
圧倒的な恐怖と諦念が交互に押し寄せてくるのが、自分でも不思議だった。

白馬は神社を目指していた。神社には、痛みのある部分に触れると病が癒えると言わている狛犬が祀られている。藁をもすがる思いで、白馬は娘を神社へと運んでいる途中だった。

「……わたしはもう駄目だから」

ふいに背後からかすれた声が聞こえ、ぞっとして白馬は首を回した。

—何を言っている。もう少しだ。

笑い飛ばして励まそうとしたが、声が出なかった。
何故だか、背後で娘が笑い声を立てたような気がした。
神社に対に立つ狛犬が見えてきたとき、すでに背中の娘は息絶えていた。

白馬は最初から白馬ではなかった。男の姿だったはずが、いつの間にか馬に姿を変えていた。往来の人が「や。あれは神社の神馬だ」と指差した。「美しい白馬だ」と口々に言った。なるほど確かに、と白馬は考える。

─おれはあの時、そう願ったのかもしれない。

誰よりも速く駆けたいと。風にもなってしまいたいと。

しかし、すべてが遅かった。白馬は狛犬の前に立ち尽くしていた。
石でできているはずの狛犬の口の端が釣り上がった。

「巷ではまた疫病が流行っているか。気の毒なことをした」

片方の狛犬が早口に言うと、もう片方も口を開いた。舌足らずな子供のような声だった。

「背中の者は、残念だが急いで葬らなければなるまいよ。間もなく鬼になる」

え、と白馬が言いかけた時、首に向かってどさりと娘の片腕が落ちてきた。
その爪は、先程とは比べ物にならないほど伸びていた。驚いて振り向くと、艶やかだった髪も、わずかな間に色褪せた蓬髪に変わっていた。
咄嗟に白馬は娘を振り落とそうとし、その一瞬後には自身の行動を恥じた。

白馬の心の隙をついて、首に娘の腕がきつく回された。
かつての娘からは想像もつかない力で、白馬の首に長い爪が食い込んだ。

ふいに視界は暗転した。

次に気が付くと白馬は、うとうととまどろんでいた。
神社の境内に参拝客の姿はなく、いつもと変わらぬ平穏な風景が広がる。
こんな安穏とした日々をずいぶん長く続けてきた気がする。
白馬は過去を振り返ろうとするが、頭の中は霧に包まれたままだった。

「夕方から雨が降るらしいよー」

薄く目を開けると、ぴょんぴょんと飛び跳ねるような動作で狛犬たちが白馬のそばまで駆け寄ってきていた。狛犬と白馬は同じ神社の守り神同士、いわば同僚と言ったところだが白馬はあまり会話を交わさない。

「おお寒い」「冷えてきたなー」

白馬が何も答えないのに、狛犬二匹は勝手にじゃれて口々に言い合っている。
無言のまま、白馬は狛犬のやり取りを聞いていた。
狛犬らは、ときどきちらりと白馬に憐れむような視線を向ける。
気のせいかもしれないが。

再び目を閉じると、娘の笑顔が蘇ってきた。しなやかな長い黒髪を流されるままに風に洗わせていた。互いに思い合った娘の姿だけは忘れたことはない。

─今頃どうしているのだろうか?

娘と一緒にいる自分の姿を思い浮かべようとする。しかし瞼の裏には何の像も結ばない。今、思い浮かぶのは白馬になった自分の姿ばかり。
安らかに濁った頭の中は、妙に心地よくもある。

ただ時折、狛犬たちの口から「鬼」という言葉が出ると、白馬の胸はかすかに痛んだ。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story2