第8回:石の尾 「白旗神社」初声町和田

【MFC連載】三浦怪談・新編 第8回「石の尾」
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第8回「石の尾」
「白旗神社」初声町和田


見上げるとどこまでも急な階段だった。
僕は階段を上り切った先を見据えて唇を噛んだ。下からではとても見通せないほど、階
段の傾斜は急なのである。

──転ばずに上り切れるだろうか。

高いところへ上るのは、何より苦手だった。塔のようなところへ上がるのも避けてきたし、
山登りのたぐいも学校行事以外に足を運んだことはなかった。
しかし、ここで後戻りするわけにはいかなかった。
遠い昔に約束をしたのだ。

幼い頃病気がちだった僕は、長期間学校を休んで床に臥せっていることもしばしばだった。
見える景色は天井と部屋の壁と見慣れた家具だけ。

──これから先も、ずっとこのままなのかな。

そう考えると、恐ろしくて深い絶望の渦に飲み込まれそうになった。幼い僕には、当時の生活
から抜け出せる手だてなど考えつかず、第一体の不調のために心を明るく保つことが難しかった。そんなある夜のことだった。
いつものように布団の中から見上げていた天井が突然ぐるぐると回り始め、渦の中から二つの目が僕を見つめてきた。

「おうい」

渦の中から声がした。

「たいくつではないか」
「外へ出たくはないか」

あまりにも驚きすぎて、僕は咄嗟に言葉を発することができなかった。
天井の目は二つから四つへと増えていき、最終的に十六個までに増えた。
渦の曲線が櫛目のように細かくなり、毛並みを思わせた。

ー狛犬?

心の中でつぶやいたそのとき、
「そうそう」「いかにも」
「よくわかったな」「うふふ」

四匹の狛犬たちは狭い天井いっぱいに動き回って、心の中を見透かしたようにおしゃべりを始めた。

「さっきの質問ですが、たいくつです」

我ながら呆れたことに、子供の頃の僕はこの異常事態に早くも慣れてきて、狛犬に返答する余裕までできていた。

「ずっとこんなふうに過ごすなんて絶望的です」

僕が訴えると、狛犬たちは
「ふんふん」「そりゃそうだ」と頷き合った。

「外で遊びたいか?」

四匹の狛犬の中でももっとも主導権がありそうな、体の大きな狛犬が言った。低くて深みのある声だった。
僕が頷くと、風が巻き起こった。

次に気がつくと、僕は神社の境内にいた。歴史のありそうな、古くてこじんまりとした神社だ。
かつて訪れたことがあるような気がしたが、それがいつなのかは思い出せなかった。

扉の締められた建物と、大きな鈴をぼんやりと見上げていた僕は、パジャマを着ていたはずなのにいつの間にか外出の格好が整っていて寒くはない。

「おまえの魂を一時的に連れてきているだけだ」
「心配するな」

「朝までにはちゃんと返す」
「さ、一緒に遊ぼう」

狛犬たちの説明は何だか恐ろしかったし、にわかには信じられなかったけれど、久しぶりに外に出られた嬉しさで僕は境内を走り回った。

そうして一週間ほど経っただろうか。毎晩夜になると狛犬たちが現れて僕を連れ出してくれた。正確には僕の魂を。
場所は決まっていつもの神社だったけれど、狛犬を追いかけたり、木に登ったりするのは楽しかった。
神社で遊んでいるときの僕は傍目にはぐっすり眠っているように見えるらしかった。時折笑っていた、と母親に言われたこともある。
そんな日々を繰り返すうちに驚くことに僕の病気は回復してきたのだった。

子供の頃の最期に、この神社を訪れたのは年の暮れだった。
落ち葉を踏みしめて遊んだり、風が木々を揺らす音を楽しんだりしていた。
ふいに別れの時はやってきた。

「もうこんなふうに抜け出さなくても、おまえは自分の体で走れる」

突然、狛犬たちにそう言われた。
僕は少し寂しかったが、狛犬の言うことは絶対だと本能的に感じた。

「もっと大きくなったら、もう一度ここに来なさい」
「行きは必ず長い階段を上ってくること」

「決して後ろは振り返らないように」
「そのときまで、また」

目が覚めると僕は布団の中にいて、視線の先には見慣れた天井の木目があった。

それから何年もの時が過ぎる。
僕は子供の頃に病気がちだったなんて今では考えられないほど丈夫になった。学生時代はずっと陸上部で長距離走者として活躍した。
社会人になり、走ることもあまりなくなった今、取引先への訪問のために急ぎながらふと思い出したのだ。

幼い頃に追いかけっこをした狛犬たち。
そのときに一瞬触れた固い尻尾の感触を。

「ちゃんとお礼を言いに行かなきゃな」

狛犬が四体いる古い小さな神社ーーそれだけの情報を頼りに探し始めると、母親の郷里の近くに探していた神社は見つかった。
白旗神社、というのがその名前だ。

僕の目の前には階段がある。先が見通せないほど急で長い階段だ。
大丈夫、約束は覚えている。

行きは必ず階段を上ること。決して後ろは振り返らないこと。

「今の僕を見たら彼らは何と言うのだろう」

狛犬たちの顔は朧げながら覚えていた。
犬たちの顔を思い出すと、迷っていた気持ちが晴れてくる。
何も起こらないかもしれないけれど、それでも全然構わなかった。
僕は階段に一歩を踏み出し、息を吸い込むと、そのまま一気に駆け上がった。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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