第9回:夢崎 初声町下宮田 黒崎海岸

【MFC連載】三浦怪談・新編 第9回「夢崎」
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第9回「夢崎」
初声町下宮田 黒崎海岸


人は亡くなると夢崎へ着く。生きていながらそこへ行ける私は、彼らに新鮮な魚を売る生業によって、黒崎と夢崎の橋渡しをしている。岩場の目立つ黒崎の浜から小さな船で半時間ほども漕げば、夢崎に辿り着く。もっとも、その陸地が「夢崎」と呼ばれることを知っている人は少ないし、偶然に行き当たることはないのだ。

早朝のうちに釣りをして、獲物を船に積み込むと午後に差し掛かる前には夢崎を目指す。大した魚は釣れないが、住人は私が訪れることを待ちわびている。魚の量がたとえ少なくても、歓待は変わらない。夢崎の住人は、亡くなってもなお魚を欲する。栄養を摂っても意味などないと思うが、懐かしい味がするのだと聞く。亡くなっても、「懐かしい」という感情は残っているのだなと私は思う。

「死んだ後に続きがあるとは思わなかった」

代金を渡しながら、私とさかんに話したそうな素振りを見せる爺さんが私の商売の相手だ。私は受け取った紙幣を慎重に確かめる。ぐっしょり濡れてはいるが、不思議なことにそれはきちんと流通している紙幣だった。

魚は爺さんにまとめて売り、爺さんの手から住人に渡るようだった。私が直接接する住人は爺さんただ一人だけで、他の住人を見かけても話すことはない。

「死んだ後はまったくの無で、存在もなくなるのだと思っていた。ところが私は今もここにいて、毎日魚を食べ続けている」

爺さんは私の目を覗き込んだ。光の加減によって灰色に見える目だ。

「しかもこの日々には終わりがないんだ。もう死んでるんだからな。ぞっとしないか?」

私は目を伏せて首を横に振った。

「……想像もつきません」

爺さんはまだ何か言いたげだったが、魚を渡して代金も受け取ってしまうとやることがなくなってしまった。私は小さな船で、黒崎へとって返すためにまた漕ぎ出した。

翌日私は考えてもうまくまとまらない頭で、釣り糸を垂れていた。今日はいつにもましてろくな魚が釣れなかった。魚の口から針を抜き取り、バケツに放り入れながら銀色に反射する鱗に、私は目を細めた。毎日を繰り返すのは、私もまた同じだ。

私には、もう一つ役目がある。
探し人と夢崎で出会えば、残念ながらその人は既に亡くなっている、ということになる。私が夢崎と行き来をする生業を知ると、時折泣きつかれることがある。

「主人が漁に出たまま戻らないんです」

皆まで聞かなくてもわかっていた。私は探し人の特徴を聞き、夢崎で見かければ正直に知らせた。見かけなければその旨を知らせた。見かけても見かけなくても依頼人は信じなかった。

「この目で見ないことには信じられない」

どことなく憤慨したような、安堵したような顔をしてそう言うのだった。

その日は珍しく大漁だった。
かつてないほどの儲けが見込めるだろうと私は興奮して船を漕ぎ出した。海は荒れていた。私は何故だか泣き出しそうな気持ちになり、何度も黒崎の浜を見やった。

もう戻れないような気がしたのだ。
何度か浜辺に視線を送ってから、私は心を決めてまた漕ぎ出した。霧まで出だしてたった半時間の道のりを見失いそうになったが、長年の勘でどうにか夢崎にまで辿り着いた。

「待っていたよ」

船着き場まで走り寄ってきて、足元が濡れるのも構わずに小船を引き寄せた男がいた。私は目を疑った。駆け寄ってきたのは、私にとてもよく似た男としか言いようがなかった。

ーー私?

濡れた紙幣をくしゃくしゃに丸めて幾重にも束ねたものをこれ見よがしに振って、私に手招きしていた。着古したズボンも擦り切れた上着も、くたびれた上に人を値踏みするような表情も、まるで私にそっくりだった。
いつも同じ服を着て、毎日毎日同じことの繰り返し。気の遠くなるような繰り返しは時間の感覚を失わせ、年齢の概念までもが溶けて流れていきーー。

「ぞっとするとは思わないか……」

私の口から思わず言葉が飛び出し、口元に手をやるとはっとして目の前の男をもう一度見返した。そこには私にそっくりの年老いた男。

ぐにゃりと空気が歪んだような感覚を覚えた。水面に私の影が映って揺れていた。いつもの爺さんが笑っていた。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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