第11回:「なも田坂」三崎町小網代

【MFC連載】三浦怪談・新編 第11回「なも田坂」三崎町小網代
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第11回「なも田坂」
三崎町小網代


三崎通いと なも田の坂は
親の意見じゃ やめられぬ

坂の下には、川が流れている。
昔、三浦胴寸の妻が敵方の北条氏から実に三年に渡る兵糧攻めにあったのち、この川の水を求めて身重の体を引きずりながら坂を下りてきた。一族の血を絶やしてはならないと決死の思いで城を抜け出してきたのだ。

坂の名を「なも田坂」と言う。

周りを見渡しても住宅街。昼も夜もひっそりとした様相である。
全体がはちきれんばかりに膨らんだ腹を手で押さえながら、私は家を目指して歩いている。ただ歩くだけなのに、初夏にも関わらず汗が滲んでくる。

「まだ生まれるな、お願いだから」

私は腹の中の子に言い聞かせながら歩いていた。

妻は這々の体で坂を下り、どうにか水を飲むことができたが、無理がたたって赤子を死産したのちに、自害してしまう。以来、同じように身重の女性が坂を通ると禍があると噂された。産後三十三日を越えるまでは坂に近寄らないほうがよいなどとも言い伝えられたそうだ。
妊婦が禍に怯える傍で、三崎の遊郭に通う若者は「親の意見じゃやめられぬ」と歌いながらなも田坂を上っていった。

ようやくのことでアパートに帰り着く。一階であることがせめてもの救いだ。薄い扉を開けて、何もない畳敷きの床に寝転がると汗が一段と吹き出してきた。

「出せ、早くここから出せ」

とでも言うように、こどもが腹の内側を蹴り上げている。何も考えることが出来ずに目を閉じた。

──もう少し待ってもらえませんかね。せめて、父親が戻ってくるまで。

間もなく臨月というときに、このアパートに引っ越してきた。その頃はまだ夫ではなかった男は、渋々私と一緒に住み始めた。絶望的な目をしていた。
数日ののち、ふっつりと、夫は帰ってこなくなった。

ほんのわずか前の話だというのに、途方もない昔のように思える。こどもが今にも腹を破って飛び出してくる夢を見ながら、じっとりと湿った畳の上で声をあげて目覚める。

──このまま帰って来ないつもりなのだろうか。

そんな考えが頭をよぎると、叫び出しそうになった。

 待テト言ワレテモ待テヌ

早く生まれては困るのに、私はすることもなく坂を上り下りする。けれどももう時は迫っている。フェンスで囲われて近付くことはできない遠い川面に、私はこどもを抱いた自分の姿を見る。その顔が、だんだん見も知らない女の顔に変わる。

足を引きずるように歩く背後に、ふと気配を感じた。ゆっくり振り返るとそれは、小さな石ころに見えた。河原にあるような角の多い石ころだが、なめらかに転がり、私と一定の距離を置いて、ついてくる。

じっくりと見つめていると、じりじりと石は私との距離を詰めてくる。とうとう気が触れたかと思ったが、日が落ちて夜になっても状況は変わらなかった。

坂を上り、下る私の後をついてくる。振り返ると、暗闇の中にぽつんと、石ころが落ちていた。こちらを見返すように、石は私を直線で貫くように坂の中心にあった。

「帰ってくるとね、まだ信じているんです」

誰に向かってかはわからない。私は闇に向かって話しかけた。

背を向けて再び歩き出すと、背後でコロコロと音がした。やがて川に辿り着く。腹の中で、こどもは眠っているのだろうか。今日はぴくりとも動かない。

川がわずかな水音を立てた。私は再び、見たこともない女を思い出した。

待テト言ワレテモ待テヌ

今度ははっきりと声が聞こえた気がして、何度も闇の中で振り返った。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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