第13回:「前触れ」南下浦町松輪

【MFC連載】三浦怪談・新編 第13回「前触れ」南下浦町松輪
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第13回「前触れ」
南下浦町松輪


季節外れの台風が接近していた。午前中は穏やかに晴れていたがしだいに風が強くなってきた。

青空の下に立っていたユミオが、風に髪を巻き上げられて顔をしかめた。眉を寄せたユミオの神経質そうな顔は父親によく似ていた。白い額が初夏の日差しの中で浮き上がって見えた。

この頃のユミオは何か興味を惹かれるものを見つけると、周囲に構わず走り出して行ってしまう。立ち上がり、歩き始めてそれほど月日は経っていない。それを言うなら、生まれてからそれほどまだ月日は経っていない。けれどもユミオは小さいながらも、頑として譲らない強い意志を持っているように見えた。

猫の後ろ姿を追いかけて歩き出したユミオを追って、一緒に猫を追いかける形になった。猫はしなやかな足取りで草だらけの階段を上がっていき、その後を追うと丘の上の神社に辿り着いた。ユミオと二人で丘の上から海を眺めた。風が強いせいで白波が立っていた。

「台風が右側を通るときは被害が大きくなる。早く家に帰りな」

神社の石段を下りてぶらぶらと歩いていたら、船から上がってきた漁師に声をかけられた。曖昧に頷いたとき、ユミオが再び一人で走り出した。

「帰ろう、台風が来るよ」

船着場を過ぎて崖のほうへ走り出したユミオを追いながら私は叫んだ。崖も岩場も、幼いユミオには圧倒的に大きく鋭すぎる。危ないほうへ、私が恐れるほうへとユミオは進みたがった。金切声を上げてユミオを呼ぶと、小さな白い顔をこちらに向けて振り返った。ユミオのそのときの顔は別人のようだった。

夢を見た。ユミオが生まれてまだ間もない頃だ。母方の祖母と父方の祖母、そして見たことのない老婆が談笑していた。子供の頃に亡くなった大好きな母方の祖母を見つけて、私は思わず走り寄った。泣きながら祖母に縋り付くと、大人の姿の私を優しく抱きとめてくれた。

「私、子供が生まれたんだ」

そう報告すると、三人の老婆は一斉に頷いた。まるで既に知っているかのようだった。

ーーそうか、あの日はお七夜だった。

目が覚めて、ユミオが生まれてからちょうど七日目であることに気付いた。私は見たことのないもう一人の老婆を思い出そうとしたが、どうしても思い出せなかった。

「おばあちゃん」

ユミオの口から初めて聞く言葉が飛び出し、私は耳を疑った。ユミオは海面を覗き込んで、笑っていた。風が強く激しくなり、私はユミオを抱き上げて一緒に海面を見た。

そこには手のひらに乗るほど小さな老婆の顔があった。小さかったが、はっきりと顔の造作が見えた。皺だらけの顔には笑みに似たものが浮かんでいる。

私は思わず悲鳴を上げてのけぞった。ユミオは腕の中で声を出して笑っていた。生まれてから今までのユミオの顔が記憶のフィルムを巻き戻すようにどっと一度に押し寄せた。

笑い続けるユミオを背負って私は海から引き上げた。釣り船は頑丈に留め付けられ、人の往来は無くなっていた。切り立った岩場に波がぶつかって砕けた。

私は家へと急いだ。次第に重くなってきたユミオを何度も背負い直しながら、風によろめきながら小走りにかけた。台風に追いつかれる前に。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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発売:2013年10月下旬

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Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


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