第15回:「無言の宿」横須賀市浦賀

【MFC連載】三浦怪談・新編 第15回「無人の宿」横須賀市浦賀
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第15回「無人の宿」
横須賀市浦賀

 
船宿には栄治の他に、誰も客がいなかった。栄治は船宿の引き戸を開いて、頭だけを突っ込むようにして恐る恐る中を覗き込んだ。宿は妙にしんとしていて落ち着かない雰囲気だったが、宿の主人と目が合うと、にたりと粘りつくような笑みを浮かべたので引き返せなくなった。

「……今晩は俺だけなのかい?」

栄治が尋ねると、主人は愛想笑いを浮かべて曖昧に頷く。肯定とも否定とも取れる首の角度だった。

「これからぼちぼち見えますでしょ」

主人は言いながらさっさと栄治を部屋に案内し、「間もなく食事にしますので」と言い置いて出て行った。

毛羽立ち汚れた畳の上に寝転んでうとうとしていると、栄治は夢を見た。どこまでも続く南瓜畑の夢だった。すぐにでも収獲できそうな大振りの南瓜が、月明かりに照らされてゴロゴロと豊富に生っているのだった。南瓜は栄治の大好物だ。

──そう言えば、南瓜もしばらく食っていないな。

何気なく畑に近付き南瓜を覗き込んだ栄治は、弾かれるようにそのまま後ろにひっくり返った。先ほどまで南瓜だと思っていた実は、すべて骸骨に変わっていたのだ。

両手で抱えなければならないほどの大きな頭蓋骨が、ゴロゴロと畑に転がっていた。窪んだ眼窩に溜まった土に、夜露がおりて光っていた。栄治は口元を押さえ、声にならない声を上げた。

「はい、おまちどおさま」

何者かの声で、突然栄治は夢から引き戻された。主人が目の前に縁の欠けた皿を並べるのを、栄治は横になったまま荒い呼吸を整えながら見ていた。

「こんなものしかありませんが」

皿の上には南瓜の煮物が乗っている。栄治は思わず唾を飲み込んだが、頭の片隅にふと嫌な予感がよぎった。

「……これはどこから持ってきた?」

栄治はひらりと起き上がると、主人に詰め寄った。焦点の合わない目で笑っている主人の胸ぐらを掴むと、皿の上の南瓜が弾けて飛んだ。主人はえへえへと笑いながら、庭を指さす。栄治の視線の先には小さな庭があり、盛り上がった土から南瓜の蔓が伸びていた。

「庭から急に南瓜が生えてきたんですよ」

畳の上に寝転んで、なおもえへえへと笑っている主人を放り出し、栄治は膨らんだ土を夢中で掘っていた。南瓜の蔓と大きな葉をかき分け、蔓を引っ張り上げると、ほどなく白いものが覗き、こつんと手応えがある。蔓を引っ張ると、小さな頭蓋骨が一緒に土中から上がってきた。

「うわあ」

栄治は掠れた声を上げた。大きさから言って、人間のものではない。何か小動物の右の眼窩から南瓜の蔓が伸びていた。

「執念深いもんだなぁ」

畳に倒れたまま、宿の主人がぽつぽつと語り出した。

栄治が振り返ると、主人は薄気味悪い笑みを浮かべたまま、「猫ですよ」と呟いた。

「イタズラをしにね……入ってきたもんですから。こう、首を軽く捻ったんですよ。そうしたら簡単に死んじまった」

主人が息つぎをする音が、やけに大きく響いた。

「庭に埋めたらすぐに南瓜が生えてきました。試しに食ってみたら殊の外美味くて」

栄治の手の中の小さな頭蓋骨がさらさらと音を立てて崩れた。

「しかし、まさか毒の南瓜だったとはなあ」

言葉尻が奇妙に揺れた。あっ、と栄治が声を上げる間もなく、口を開けていた宿の主人の顔が崩れ、骸骨に変わった。栄治はあまりのことに腰が抜け、すぐには立ち上がれなかったが、力を振り絞って体を起こすと庭から宿の外へ飛び出した。立ち上がれなかったわずかな間が永遠のように感じられた。

「食わなくてよかった。食わなくてよかった」

うわ言のように繰り返しながら、栄治は暗くなった道をあてもなく駆けていった。固く握り締めた手の中で、骨のかけらが小さく音を立てた。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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