第16回:「バス停」三崎町諸磯 浜諸磯

三浦怪談・新編:第16回「バス停」三崎町諸磯 浜諸磯
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story16
第16回「バス停」
三崎町諸磯 浜諸磯


バス停に人影はなかった。夏休みを利用して久しぶりに故郷に帰ってきた私は、灼熱の地面から立ち上る陽炎をぼんやりと眺めた。暑さのあまり、視界がぼやけた。

バスに乗り込んだときには数人いたはずの乗客が消えていたので、いつの間にか私はうたた寝していたらしい。私は周りの風景が懐かしくてしばらくその場に佇んでいた。空っぽのバスはすぐに砂煙を立てて走り出した。そのとき、一台の自転車が私の前を通り過ぎて行った。ぬるい風が頬をかすめる。

──あれ?

私はかすかな違和感を覚えた。自転車には、短く切り揃えられた髪の少年が乗っていた。

「アキ」

思わず声をかけると、突き当たりの神社の前で自転車は止まった。私の声は思ったよりも大きく、少年に届いたらしかった。振り向いた少年は、やはりアキだった。私に気付くとアキは目を見張り、自転車を停めてゆっくりとこちらに近付いてきた。自転車のかごからビニール袋に入った荷物を取り出し、ゆらゆらと細い手に提げている。

「久しぶり」

アキは私を見て、笑った。細い目と細い体。薄い唇は少し大き目で、笑うと猫のような印象になる。アキはまったく日に焼けていなかった。

「どうしたの?こんなところで」

私が問うと、アキは手にしていた袋を目の高さまで持ち上げた。

「……神社でお昼を食べようと思って」

あ、ああそう。私は間抜けな返答をした。そして、久しぶりにこの土地に姿を現したのは私のほうなのに、「どうしたの?」もないものだと我ながら呆れた。

「私は夏休みで、久しぶりに帰ってきたんだ」

「そうなんだ」

アキはごく自然に頷き、それ以上は何も言わなかった。神社はロープが張られていて、一見、立ち入りを禁じられているかのように見えた。

「またげば大丈夫。静かだし、涼しいよ」

アキはそう言うと、ひょいと飛ぶようにロープを越えて神社の鳥居の中に吸い込まれた。私も慌てて後を追う。私の体は重く、小走りになると汗がしたたり落ちた。丁寧に手を合わせた後、アキは境内から少し離れた場所に腰を下ろし、持っていた菓子パンの袋を開けた。

「……食べる?」

覗き込むようにアキが尋ねたが、私は断った。

「これから家に帰って、食事をすると思うから」

久しぶりに会う母が、私の好物をあれこれ拵えてくれているに違いない。きっと食べきれないほどの量だ。帰省するたびに繰り返される慣例だった。

「そうだよね」

アキはまた私の言葉を受け止めるように静かに頷いて、パンを食べ始めた。上品な食べ方ではあったが、かなり空腹に見えた。私はふと思いついて、家へ誘おうか迷った。けれど、アキが控えめに微笑んで「僕はいいよ」と断るような気がして言葉を飲み込んだ。

アキが食事をする間、私たちはぽつぽつと話をした。私の仕事の話や、一人暮らしの部屋の話、友達の話。アキの話は、先日の台風のときの高波とか、ふいの夕立とか、自然の話が多かった。アキは、いつも一人で散歩したり自転車に乗ることを好んでいた。三日月のような細い目に、海の景色や自然を焼き付けているみたいに。流れていた汗もいつしか乾いていた。木々の間を風が抜け、アキの髪を揺らした。

「バス停で、姿が見えたから」

そう言って、アキは手を振ると神社のロープから外側へは出ようとしなかった。帰り道。突然アキは頑なに動かなくなった。「家へ帰る」と歩き出した私を、アキは何故か老成した目で見つめていた。静かな表情だった。

アキは笑顔のまま、手で私に「行け」と合図した。私は急に悲しくなった。大声で泣き叫びたい衝動をこらえた。しかしそれは、彼の姿を見た瞬間からわかっていたことだった。

アキは、私が中学生の時の同級生だった。中学三年生の夏休み、アキは突然姿を消した。地域を上げて捜索したが、アキは見つからなかった。何年も捜索は続いたが、何の手がかりも見つからないまま時だけが流れた。私は故郷を出て就職し、一年に二度、お盆と正月だけ帰省するようになった。

二年前の夏、ふいにアキはバス停に現れた。初めてアキを見たときには、目を疑った。私はアキに再会できた嬉しさに浮かれたが、すぐその後に絶望的な悲しみに襲われた。

時が止まったままの姿のアキは、既に彼がこの世にいないことを証明していた。半袖のシャツに日に焼けていない肌は、初夏を連想させた。アキは、夏休みの始めにいなくなってすぐ──。考えかけて、私はやめた。目の前のアキの笑顔が、すべてだった。

私は一人でロープを飛び越えた。今度は体が軽く、一瞬だけ自分が少女の頃に戻ったような気がした。ほんの一瞬だけ。歩き出して振り向くと、もうアキの姿はなかった。

──私、アキのことが好きだったんだ。

そんなふうに告げたなら、アキは困った顔をするだろうか。もう一度自転車が走ってこないだろうか。こちらに向かって。私は何度も後ろを振り返りながら、やがて諦めて家へ続く脇道に足を向けた。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story16