第18回:「晴天の散策」どんどん引き(荒崎公園)

三浦怪談・新編:第18回「晴天の散策」どんどん引き(荒崎公園)
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第18回「晴天の散策」
どんどん引き(荒崎公園)


潮の満ち引きによって、私の棲家の風景は変わる。満潮時には、なみなみとした海水に覆われる。

私は首だけを水面から出し、何か変わったことはないかと周囲を眺める。のっそりと岩場の間の棲家を出て、一日に二度ほど辺りを散策するのが日課になっていた。時として思いもよらない漂流物が流れ付く。それを見つけることが私の密かな楽しみだった。

その日は潮の流れが特別速かった。長年この場所に棲む私でも、油断していると流れにさらわれそうになる。数年に一度あるかないかの悪天候だった。

体の向きを変えようとしたとき、ふいに何かが私にぶつかってきた。小さいながらも衝撃を感じた。ぺたりと吸い付くような感触があり、確かめると髪の毛の塊だった。驚いて塊を持ち上げると、そのままずるりと頭と体がついてきた。私の手の下に、人間の男がぶら下がっていた。

男はまだ息があるようで、わずかに開いた目から青みがかった白目が覗いていた。私は男を担ぎ上げて棲家へ持ち帰った。

持ち帰ってきた男は、輝くばかりに美しかった。私は私以外の存在と滅多に接することがないために、確かなことはわからない。けれどもきっとこの男は美しいのだ、と直感した。男の美しさはくっきりと鮮烈で圧倒的だった。そうして私の醜さは、男と比べることでいっそう際立った。私は初めて、己の醜さを省みた。自分を意識することはどこか恥ずかしかった。

ここへ流れ付く前のことをまるで覚えていない様子の男は、言葉を話さずただじっと私を見つめていた。その目には嫌悪もなければ、他のどんな感情も浮かんでいなかった。

本来ならば私は男を頭からばりばりと食べるはずだった。生きているものはもちろんのこと、大きな木切れなども何でも飲み込んだ。そのようにして私はこれまで生き延びてきたのだが、男を即座に食べることはできなかった。美しいとは、恐ろしいことだ。

毎日食べられそうな魚を捕まえて男に与え続けていると、何をするでもなく男はずっと私のそばにいた。他にどうすればいいのかわからなかったのかもしれないが、ともかく男はそこにいた。

次に嵐が来れば、再び流されていってしまうかもしれないと思いながら、私は少しでもその日が先であることを願うようになっていた。

天気のいい日には私は男を背中に乗せて、日課の散策へも連れて行った。男は私に掴まりにくそうにしながらも、必死に付き従ってきた。時折縋るような目をすると、心が乱れた。私には似合わない感情だと思った。

大きな丸太が流れ着いたときには、男は歯を見せて笑った。靴が流れてきたときには神妙な顔をした。

厄災は突然やってくる。男が偶然流れ着いたように、今度は大波が男を私の棲家から吐き出した。男の体は波に翻弄され、方々の尖った岩にぶつかってだんだんと体が削れてきた。皮膚が破れ、血が流れ、整っていた顔の造作は無残に傷つけられた。それでも男は、変わらず美しかった。

男の体は見る間に小さくなっていたが、今にも絶えそうな息遣いで初めて言葉を発した。

「何故、わたしを食べなかったのですか?」

私は男の言葉に即答することができなかった。自分でもうまく説明がつかない上、もともと男と私では発する言葉が違うのだった。私は口を開いた。尖った歯の間から、「うう」と呻き声だけが漏れた。

──食べることができなかったのだ。

本当ならばそう、私は伝えたかった。しかし伝えられなかったことが幸福だとも思った。

大波は幾度となく寄せては引いてを繰り返し、その度に男の体をあちこちの岩にぶつけ、やがてぼろきれのように変えてしまった。私はただじっと、手も出さずに変わっていく男の様子を見つめていた。

好物が流れ着いた時の喜びとも、見たこともない道具が流れ着いた時の高揚感とも違う。男の存在が私の心にもたらしたのは経験したことのない感情だった。しかし私はその感情を何と名付けてよいのかわからない。大きな岩場にぴったりと納まるような体と、どす黒く光る鱗と鋭い歯を持つ私には。

男の顔がすっかり削れてしまうと、もう二度と見ることのできない男の笑顔が、一瞬だけまぶたの裏に浮かんで消えた。私は迷った末にぼろきれのような男の体の一部を拾い上げ、再びのっそりと棲家に戻った。

いつしか嵐は去り、雲間から太陽が覗いていた。見上げると、青空に浮かんだ雲がゆったり流れていった。
男がいた日々が急に遠いものになった。

それから先、私の棲家には誰も訪れない。
こんなにまぶしいほどの晴天なのに、まるで闇の中のように静かだ。

 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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