第19回:「盗人狩」毘沙門

三浦怪談・新編:第19回「盗人狩」毘沙門
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第19回:「盗人狩」
毘沙門

俺を呼ぶ声がする。気のせいだろうか?

何故か俺は崖の上で足がすくんでしまった。
怖いもの知らずと言われていたこの俺がだ。
今まで好き勝手に生きてきた。誰に気兼ねもなく、食べたい時に食べ、酔いたいだけ酔い、欲しいものがあれば奪ってまで手に入れた。
野放図な生き方を続けるうちに、盗賊の仲間に入っていたのは当然の流れだった。

※※※

俺は何かに呼ばれているような気がして立ち止まった。
「お父さん」と笑いながら娘が手を振っていた。
錯覚などではなかったと俺も笑い返し、ふと我に帰って娘の顔をまじまじと見た。
俺はあのとき、まだこの子に出会ってはいなかった。

俺は幼い頃に親に捨てられていたし、身寄りもなかった。自分の食い扶持は自分でなんとかする。たとえそれが正しい方法でなくても、生きていくためには仕方がない。
俺は、時折子供の俺にも世話を焼いてくれるお人好しの兄貴たちからそれを学んだ。
唯一俺を見捨てなかったのは盗賊だったんだから、皮肉なもんだ。
俺には失うものは何もなかったから、怖いものはなかった。危険な目に遭うことも日常茶飯事だったけれど、命を落としても別に構わないと思っていた。俺が死んでも特に誰も困らない。それどころか悪党が一人減ったと喜ばれるくらいだろう。

盗賊の間でも仲間割れはある。取り分の不平等から始まり、単に虫の居所が悪かったなどくだらない理由がほとんどだが、それらのいくつかが重なって俺は崖の上に追い詰められていた。広大で、途方もない高さの崖だ。
その昔、盗人がこの崖に追いつめられると身動きできずにお縄になったという伝説から盗人狩(ぬすとがり)などと呼ばれていた。
──ふん、バカバカしい。
今までの俺なら嘲笑って命を投げ出しただろう。
しかしそのときはさすがに迷って、じりじりと崖の際に追い詰められた。俺は海面を覗き込んだ。
渦巻く水の中に無数の顔が蠢いていた。すべての顔が苦悶に歪んでいた。
忘れもしない。これまで俺が襲った、脅し取った、殺める寸前まで打ちのめした人々の顔だ。
俺の足は竦んだが、今までの行いを考えるなら当然だという諦めもあった。
──俺の業は消えない。だったらもう。
自棄になった俺は一歩を踏み出した。

海面に浮かんだ顔のうちの一つが目に飛び込んできた。花が咲いたような女の子の笑顔。
「イカナイデ」
女の子の口の動きを必死に読んだ。
わけがわからずに俺は、すれすれのところで立ち止まった。

俺は目眩を覚えてその場にしゃがみこんだ。
ぐるぐると時間が錯綜した。

※※※

そいつは岩場で泣いていた。汚れた布に幾重にも包まれていたが、近づいて見て俺は思わず後ずさった。そいつは、赤ん坊だったんだ。
たった一つだけ意思を伝える方法が泣くことだ、とでも言うように全身全霊で泣いていた。声を枯らして俺を呼んでいるように見えた。

※※※

俺は立ち去ることができずに思わず抱き上げた。
この世の中で、こんなに愛らしく神々しい存在があるだろうか。薄汚れた俺ですら一瞬でそう思ってしまったんだ。
赤ん坊は女の子だった。火がついたように泣いてばかりいたかと思うと、何がおかしいのか急に笑ったりした。こんな俺だと知らないで、この赤ん坊は笑ってるんだろうな。
そう思った。

しゃがみこんでいた俺を盗賊仲間たちが滅茶苦茶に殴り、崖の上から突き落とした。
あの、おぞましい顔たちの中に飛び込む自分を思い浮かべた。
海面に叩きつけられるまでの長い間、見たこともない女の子の顔がずっと頭から離れなかった。

※※※

 しかし結局、運命のいたずらで俺は生き残った。絡み付いてくるいくつもの顔を力づくで退け、見慣れない岸辺に泳ぎ着いた俺は、濡れた体で陸地へ上がった。
 もう誰かを傷つけるのはやめよう。
 俺は誰にともなくつぶやいていた。

 岩場の向こうからかぼそい泣き声が聞こえ、それがだんだんと力強くなってくる。俺はこの泣き声を知っていた。そしてそれから先のことも全部。
 そいつと出会うために、俺は重たい体を引きずって岩場を目指した。
 泣き声は俺を呼ぶようにいっそう高く響いた。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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