第20回:「スキマ」白石町 / 通り矢

三浦怪談・新編:第20回「スキマ」白石町 / 通り矢
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第20回:「スキマ」
白石町 / 通り矢


 

赤銅色のテトラポッドが並んでいる。
曇天の重たい空気に包まれ、辺りは閑散としていた。
クレーン車。コンクリートを流し込むための機材。
出来上がった真っさらなテトラポッドたち。
通称テトラポッドと呼ばれる波消しブロックが、赤銅色の鋳型にコンクリートを流し込むことによって作られることを初めて知った。この場所で作られたテトラポッドは、ごく近隣の海で使用されたり、船で輸送可能な神奈川の他の土地に運ばれるのだという。

……スキマ。
ぽつりと勝手に漏れ出た言葉に、僕自身はっとした。
そうだ、スキマのことをすっかり忘れていた。

小学生だった僕は、城ヶ島付近の海や漁港と反対側の岸壁付近などで泳いで遊ぶのが大好きだった。恐らく今は遊泳禁止だろう。当時から小型漁船にいつの間にか接近してひどく怒られたりした。

テトラポッドに登って遊ぶことも、周囲の大人にはいい顔をされなかったが、日課のように近付かずにはおれなかった。子供の足ではまたぐのに苦労するコンクリートの傾斜。少し高い位置からのジャンプ。全てが刺激的だった。足を滑らせて海に落ちることも、足の運びを誤ってコンクリートの塊に頭を打ち付ける可能性も、当時は適度なスリルとしか感じられなかった。

そんな時に聞いたのがスキマの噂だ。
テトラポッドは海の底から積み上げられている。しかし、その独特の形状から積み上げたテトラポッド同士には隙間ができ、足を滑らせて隙間に入り込んだが最後、決して助かることはないという話だった。無数の隙間には幾人も閉じ込められた人がおり、どこかから流れ着いた遺体が入り込んでいることもある──。

── 今、思えばあれは大人が僕らを危険な遊びから遠ざけるための嘘だったのかもしれない。

しかし、当時は素直に恐ろしかった。

テトラポッドに近付かなかったのは数日間。
やがて僕は怖がるのにも飽きて再びテトラポッドに登って遊び始めた。日が高いうちは恐怖心を忘れていた。が、夕暮れが近づいてくるにつれて、あの不穏な噂が頭にちらつき始めた。

「本当にこの重なりのどこかに人が閉じ込められているのか?」

僕は手近なテトラポッドに耳を付けてみた。
波の音しか聞こえない。
今度は見えない隙間に向かって「おーい」と呼びかけてみた。すると、ごく小さな声で「おーい」と返事が返ってきた。しわがれたおじいさんのような声だった。怖くなった僕は転がるように走って家へ帰った。辺りはすっかり暮れていた。

しかし翌日、僕は何故か再びまたテトラポッドの上に来た。何度呼びかけても返事はなかった。あんなに怖がっていたはずなのに、同じ行動に出たのかは自分でもわからない。諦めかけて家に戻ろうとした夕暮れ。確かに僕は消え入りそうな声を聞いた。

「おーい」

僕は急いでテトラポッドに耳を当てた。昨日よりも苦しげに聞こえなかった。

気付かぬうちに漁船に近づいて怒られたときも、テトラポッドに登って怒られたときも、僕は一人だった。僕はずっと一人で遊んでいた。だからスキマの声を聞いたのも、僕一人だったのだ。僕はいつからかスキマを、友達のように思っていた。

しかし物語は突然終焉を迎える。
スキマの話をうっかり祖母にしたせいで、母親に話が伝わり、僕は外遊びを禁止されるようになってしまった。家の中で僕は何度も「おーい」と呼びかけた。
もちろん返事はなかった。
母親の心配そうな顔だけがあった。

そして大人になる現在の間に、僕はスキマのことをすっかり忘れてしまっていた。
目の前でテトラポッドが作られている過程を見て、突然思い出した。
あの声は、誰だったのだろう。
寂しそうにも、親しげにも聞こえたあの声は。

── 足を滑らせてコンクリートに強打した頭の痛み。

── 痺れるほど冷たい水。

そんな記憶がふと浮かんで消えた。誰の記憶なのだろう?

「おーい」

僕はまだ海に沈められる前のテトラポッドに向かって叫ぶと、返事を待たずに歩き出した。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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