第21回:「天に帰る」三浦海岸

三浦怪談・新編:第21回「天に帰る」三浦海岸
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第21回:「天に帰る」
三浦海岸


 

ぱちぱちと火の爆ぜる音で目を覚ました。
私は無意識のうちに枕元の暦を確かめた。


一月七日。
すぐ近くの海岸で、「おんべ焼き」が行われている音だ。
そう言えば、数日前から竹を組み合わせて塔を作り上げる「サイト」を立てていた。
火が付けられる前のサイトに、正月飾りを置いていく人の姿をしばしば目にする。
七日の早朝、集まった正月飾りと共にサイトに火を放つ。
風によっては、火柱は天に昇るほど高くなる。年神様をお送りする行事だと聞くが、神様はあの火柱を伝って天へ帰られるのかもしれない。


思いつめたように正月飾りを置くと、手を合わせたままいつまでも動かないものもいる。
それも一人ではない。ぐるぐるとサイトの周りを歩き、長い間海を眺めてからようやく立ち去る。


「そこで待っていても何も来ないよ」


私は心の中でつぶやいた。
私の念が届いたものか、その人は辺りを見回し、不思議そうに首をかしげて海岸を後にした。そうして七日の朝までに、たくさんの正月飾りが集まる。


外に出ると、風に煽られた竹の燃えさしが細かく砕けて散っていた。
突風に巻き上げられて、燃えさしは歩む私を取り囲み、さらに道の先へと吹き抜けて行った。


「今年も来たのか、婆さん」


海岸に着くと、声をかけられた。世話役の老人たちとはすっかり顔見知りになっていた。
長い竹の棒で火をつつきながら、老人の一人が私に日本酒を手渡した。


「婆さんはいくつになったよ?」


自分も老人だろうに、と私は思った。


「……忘れた」


そう答えると、老人たちは声を立てて笑った。


──龍を見るまでは私は死なないだろう。


「年神様は龍が天に昇って行くように、空へ帰るんだよ」


幼い私の手を引いて教えてくれたのは、祖母だった。
とうの昔に天に召され、他の家族も次々と天へ帰っていった。


──今年はいい風が吹いている。今年こそは。


私は祈るような気持ちで火柱に近付いた。火の勢いは恐ろしいほどに増していき、
突然、バチッという大きな音と共に火柱の一部が突出して伸びた。
まだ夜が明けきらない海岸が、閃光に包まれた。


「今のはなんだ?」


老人たちはその刹那、騒然となった。
龍が現われたのだと私は期待していた。ついに私も、天に呼ばれる時が来たのだと。
しかし、伸びた火柱は龍には見えなかった。
ひどくしわがれた手に見えた。亡くなる直前の祖母の手に似ていた。
老衰で最期は眠るように息を引き取ったが、最期の瞬間までは長く床に臥せって辛い日々を送っていた。私を誰よりも可愛がってくれた祖母だった。


「……まるで鬼婆だった」


布団の中で繰り返し私の名前を呼びながら、痩せて骨ばかりになった手をこちらに伸ばしていた。苦しかったのか。それとも愛しかったのか。


──あの手を取ったら終わりだ。


幼かった私は、恐ろしさの余り、祖母の元から逃げ出した。今、考えればよくあんなに薄情な行動ができたものだ。私が離れた際のうなだれた祖母の顔は、今もはっきりとまぶたに焼き付いている。


「呼んでいるのは神様ではなく、婆ちゃんか」


私の声はあまりにも小さく、誰にも聞こえなかっただろう。


「婆さんほら、今年も松の葉を持っていくだろ?」


焼け残した松の葉を玄関に飾ると、縁起がいいとされている。毎年、私は世話役たちに松の葉を分けてもらっていた。


「ああ、今年は結構焼けちまったな」


「……今年はいいよ」


私は首を横に振った。


「あんたの分くらいはあるよ」


他の老人が、私が気兼ねをしているのだと勘違いしたようだ。


「本当にいらないよ」


そう言って、私は浜辺に背を向けて家に帰ろうとした。


「……婆さん、まさか。来年も会えるよな」


 一人が冗談めかして言うと、顔なじみの老人たちがいっせいに子供のように不安な目で私を見た。


──龍はまだ見てないがね。


私は老人たちに曖昧に笑い返すと、家に向かってまっすぐに歩き出した。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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