第23回:「事八日」横須賀市公郷

三浦怪談・新編:第23回「事八日」横須賀市公郷
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第23回:「事八日」
横須賀市公郷


 
バイト帰りは、いつもくたくたに疲労している。
今日の店は一見暇かと思われた。しかし、深い時間になってきてどっと客が押し寄せた。それまでぼうっとしていた私は、急に忙しく立ち働くこととなった。


焼肉店と言うのはピークがよくわからない。
食事時に混雑することもあれば、遅い時間にお酒を飲むためのお客で賑わうこともある。


「今日は……特にきつかった……」


自転車を漕ぎながら、私の口からは独り言が漏れた。
大きな国道に沿って自転車を漕いでいると、車通りはあっても歩いている人は少ない。ましてこんなに夜遅くでは──。
けれども車の流れはあるので、女性が一人でもそこまで危険を感じることはない。通りには店もある。私は仕事の疲れを紛らわせるために、よく自転車に乗りながら歌を歌った。


──今日は何の歌にしようかな。


無意識のうちに自分の中の記憶の歌ストックを探る。そうして息を大きく吸い込んで歌い出そうとしたそのとき、


「……いい匂いがする」


足元でふいに声がして、私は危うく自転車ごとひっくり返りそうになった。自転車の上から見下ろすと、そこには子供が立っていた。黒いパーカーのフードを目深にかぶり、顔の造作が見えない。しかし、少し袖のあたりが大き目の黒いパーカーにジーンズという服装は、男の子だろうか。


背丈からして小学生 ──こんな時間に子供が歩いているのは不自然だった。子供だとわかると気味悪さが薄れ、心配する気持ちの方が勝った。


「君、こんな時間に一人で歩いていたら危ないでしょう?」


男の子は黙って顔を上げた。片目にしている眼帯が目立った。


「いい匂い。肉の匂い?」


男の子は私の質問には答えず、少し掠れた高い声で訊ねる。


──詮索されたくないのかな。まさか、家出とか?


「ああ、焼肉屋さんで働いてるから」


私は仕方なく答えた。
私の服や髪には肉や脂の匂いが染みついているのだろう。もう慣れてしまったが、家族にもしばしば指摘される。通りを歩いている子供にも指摘されるほどなのだろうか。


「いいねえ。いい匂いがして、いいねえ」


男の子は、にいっと笑った。
とにかく帰ったほうがいい、家の人が心配してるよ、近くなら送ろうか?様々な言葉が私の中で渦巻く。


心配な気持ちもあるが、私はくたくたに疲れているし、どことなく奇妙なこの子を早く家に帰して厄介ごとには巻き込まれたくない、というのが本音だった。交番に連れて行くか、と思うがこの近くにはない。


「あのさ……」


 帰るように促そうとしたそのとき、男の子がまた口を開いた。


「お姉さん、お金欲しい?」


私は、その言葉を聞いて突然思い出した。


──今日は、何日だろう?


咄嗟に腕時計を見て確かめる。十二月八日。
やっぱりだ。


事八日。
十二月八日を、ばあちゃんが別の呼び方で呼んでいたのは、大昔の話だ──。ばあちゃんが、軒先にざるを吊り下げていた。


「何しているの?」


幼い私は、大真面目にそんなまじないめいたことをするばあちゃんが不思議だった。


「ん?目一ツ小僧を遠ざけるためだよ。ざるはたくさん目があるだろう?」


目一ツ小僧って、絵本で見たことがある一つ目小僧と同じだろうか?ばあちゃんはいたって神妙な顔をしているので、だんだん恐ろしくなってきた。あれは、お話の中のお化けだと思っていたけれど……。


「たくさんの目を見てびっくりして目一ツ小僧は逃げるのさ。だからこうして」


「目一ツ小僧って本当にいるの?」


恐る恐る訊ねると、ばあちゃんは曖昧に頷いた。


「ばあちゃんがお前くらいの頃、お友達が話しかけられたと聞いたことがあるんだよ」


 ばあちゃんはそう言って、私の目を覗き込む。


「もし、お金が欲しいか?と聞かれたら逃げろ」


「……一つしかない目を見ちゃいけないよ」


そう教えてくれたばあちゃんは、私が中学生の頃に亡くなってしまった。とっくにざるを軒先に吊るす習慣もなくなっていたけれど……。


「欲しい、と答えたら一つしかない目で睨まれて……」


その後はどうなってしまうのだろう?肝心の話の続きを忘れていた。


「お姉さん」


気が付くと、子供が私の服の裾を引っ張っている。私は悲鳴を上げて、自転車を漕ぎだした。子供が顔を上げる。眼帯の下はどうなっているんだろう……?


今からざるを吊るしても間に合うだろうか。
私は混乱しながらも、男の子を振り落とそうと必死になった。


「俺、帰らないよ」
耳元で、男の子が笑った。
低められた声が夜の中に響いた。



 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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