第24回:「海の底」歌舞島(三浦市白石町)

三浦怪談・新編:第24回 「海の底」 歌舞島(三浦市白石町)
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第24回:「海の底」
歌舞島(三浦市白石町)


 
海の底は暗かった。
生まれてこの方、海以外の場所を知らないので比べようがないが、きっと地上はもっと明るいのだろうと思った。


海藻を掻き分け、珊瑚の間を縫って観音様を目指す。いつからあるのかは知らないが、生まれたときからは既にあった。


「観音様にお参りに行こうよ」


 仲間の魚に誘われて、初めて観音様の存在を知った。鰭と鰭を合わせ、深く頭を下げるというお参りのやり方もその風変わりな仲間に教えてもらった。


「こうするのが“人間風”なのさ」


 少し得意げな話し方をするので他の魚からは嫌われていたが、たくさんのことを教えてもらえるし面倒見もいいので、嫌いではなかった。


「亡くなった仲間たちは無数にいる。自然の摂理で命を落とすことの他に、人間が死の原因になることも多くあるんだぞ」


仲間が諭すように言うと、口からいくつもの泡の玉がこぼれた。


「つまりまあ、食べられるってことなんだけど」


できるだけさり気ない様子で仲間は教えてくれた。小魚の自分がショックを受けるのを気遣ってくれたのだろう。


「そういう“魚霊”を慰めてくださるのが、この魚藍観音様なのさ」


「ふうん……」


観音様は手に籠を持ち、その中には魚が入れられていた。観音様は、海水によって表面が爛れ、小さな無数の貝がびっしりと張り付いてはいたけれど、優しいお顔のままだった。


ほどなくして、物知りな仲間の魚はぱったりと姿を消した。
海の世界では珍しいことではなかった。自分よりも大きな魚に食われたか事故か、あるいは人間に釣り上げられたか──。


やんわりと覚悟してはいたが、どこか虚しい気持ちだった。仲間がいなくなった後も、何度となく観音様で鰭を合わせてお参りした。


そんな日々の繰り返しに紛れ、仲間の記憶も薄れかけてきた頃、見たこともない生き物が観音様の前に立っているのを見た。大きさは魚の自分と同じくらいだが、二本の足と二本の手を持っている──あの物知りな仲間がかつて砂に絵で描いて教えてくれた「人間」にそっくりだった。


いや、しかし自分たちを釣り上げて食うような人間が、こんなに小さいわけはない。混乱していると、目の前で人間が口を開いた。


「なつかしいな……まさか、海の底にも観音様があるなんて」


近付いて様子をよく伺う。言葉が理解できた。こちらを攻撃するような武器も持っていない。裸で、ぼんやりと立っていた。


「お前はどこから来たんだ?」


訊ねると人間は、驚いたように目を見開いた。そして自問自答するように俯いて黙り込んだ。


「……わからない。ただ、少し前まではこの観音様がある地上にいた」


「同じ観音様があるのか?」


人間は深く頷き、また何かを考えるような遠い目をした。


「ああ。歌舞島と言って、遠い昔には頼朝公が行楽に訪れた場所だ。今は埋め立てられて、公園になっているが──脇道を登って行くと小高い丘があって、この観音様と同じ観音様がお祀りされていた」


言い終えると、人間は自分の両手をまじまじと見た。ごくわずかにだが、指の形が魚の鰭の形に変化しつつあった。


「そうか……そういうことか……」


人間はひとりごちた。彼の中ではすべてのことに合点がいくようだった。
そして自分も、ふいに思い当たった。何故かつての仲間があんなに地上のことをよく知っていたのか。取り分け人間社会のことに詳しかったのか──。


「ここでのことは、いろいろ教えてやるよ」


思った以上にぶっきら棒な言い方になったが、その言葉に人間は初めて少しだけ笑った。「笑う」という行為がまぶしく、羨ましく思えた。


自分はもう小魚ではなかった。大きな泡の玉を吐き出すと、海面に向かって上昇していく。仄かに光が差す海面の方向を、いつまでも見上げた。



 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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