第25回:「枯れない水」南下浦町菊名(水間様)

三浦怪談・新編:第25回 「枯れない水」 南下浦町菊名(水間様)
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第25回:「枯れない水」
南下浦町菊名(水間様)


 
菊名川の横道を入り、一本道を突き当たりに向かって進むと、目の前には、大根畑が広がっていた。


青々とした葉の連なりを見つめ、私は小さく息を吐く。知らず知らず体を強張らせていたようだ。大根葉の瑞々しい色に、私の緊張は少しばかり緩んだ。


「水間神社」


案内に吸い込まれるように、境内に入っていく。目指す湧水のそばには、小さな祠が立っていた。


みず……


肩の上で、母が呻くように言った。


「もう少しだからね」


私は母を潰さぬように注意しながらそっと撫でる。母は私の手のひらが重かったのか、どこか苦しそうな声で「うう」と答えた。


いつからだろう。
少しずつ母が縮み始めたことには気付いていた。
歳をとると背が縮むっていうけど、


「いやあねえ」


母はそう言って困ったように笑っていた。


しかし、母の縮小は止まらずずくずくと音を立てるように弾みをつけて小さくなっていった。果ては私の肩に乗るほどまでになり、さすがに動揺した私は泣いた。とうにいい大人だったが、泣きじゃくった。


母は小さくなっていく過程で私に隠れて泣いていたのだろうか。静かな、覚悟の滲んだ表情をしたまま、小さいながらも生活そのものが縮小された日々を送った。


「水間様に行きたい」


母が突然そう言い出した。
体の大きさが普通だった頃から、わがままや希望をあまり言わない母だった。


「湧水が飲みたい」


私は黙って頷くと、水間様への道筋を検索した。バスに乗れば、簡単に行くことができる場所だった。


──その昔三浦氏の武将の乳母が夢のお告げでこの湧水を飲んだところ、乳の出がよくなったという。


水間様の言い伝えを見て、私は再び悲しくなった。
効能が母に不必要であることが無性に悲しかった。


覚えているはずもないが、母はかつて、私に乳を与えたのだ。それほどに若い日があったはずだった。
母はもう私の知る母ではない。しかし、私の母であることには間違いない。豊かだった黒髪や、弾力のある頬をしたかつての母が陰影のように記憶に浮かんで消えた。


湧水はきらきらと光を反射して地面に落ちていた。


──ひょっとしてこの水を飲むことで、母が変わるのでは。


私は一縷の望みを託した。


「お母さん、お水だよ」


私が手のひらに母を乗せると、母は直接水の流れに口をつけた。
そして、いつまでも飲み続けた。
体全体を大きく躍動させて飲んでいる。大人しい母に似ず、積極的な動きに私は思わず見とれていたが、そんなに飲み続けたら死んでしまう──。恐ろしくなるほど母はいつまでも飲み続けた。母の体は見る見る膨れ、怯えながら見守る私の前で再びしぼんでいった。


「帰ろう」


母は水の流れから顔を離すと、再び静かな表情に戻って言った。子供のころから常に聞いていた、しっかりとした母の声だった。母の顔を見つめると、それは確かにこれまでの時を一緒に過ごしてきた母だった。


咄嗟に私は自分の頬に手を当てる。
指には、深く刻まれた皺の感触があった。


「うん」


私は母を肩に乗せると、来た道を戻り始めた。
母は重くも軽くもなかった。
私が歩いた後には、小さな風が起こった。
青々とした大根の葉がわずかに揺れていた。


情報提供: 三浦市M様より

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三浦市在住の小説家 杉背よいさんが連載する「三浦怪談・新編」の企画として、三浦半島の「都市伝説、怪奇話、不思議な伝承」などを募集します。お寄せ頂いた「伝承」や「ロケーション」などを元に、杉背さんが怪談を創作します。ぜひ、三浦半島の不思議な話をメールフォームにてお送りください!

※ ご応募いただいた全ての情報が、怪談話に採用されるとは限りません。ご了承ください。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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