第27回:「ネックレス」油壷(三崎町小網代)

三浦怪談・新編:第27回 「ネックレス」油壷(三崎町小網代)
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三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

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第27回:「ネックレス」
油壷(三崎町小網代)


 

「夏の夕暮れはつるべ落とし」


これは、夏が来るたびに思い出す、祖母の口癖だ。
祖母は夕暮れが近づくと、よく歌うようにそうつぶやいていた。
夕暮れを目にするたびに、祖母の口調とともにその言葉が蘇る。


夏の夕暮れはあっという間にやってくる。祖母の言葉通りだった。
遊びに夢中になっている間に、何度となく夕闇に包まれる経験をした。
「あと少し」「もう少しだけ」そうして際限なく遊びを引き伸ばしているうちに、日が落ちてしまうのだ。暗くなる前兆を見極めることは、子どもの私には難しかった。


夜を迎えてからしおしおと帰宅した私を、決して祖母は怒らなかった。ただ、穏やかな口調で必ずこう言った。


「暗くなる前に帰っておいで」


母は事情があって幼い私を祖母の元へ預けたのだろう。私は幼少の一時期を、祖母の家でともに過ごした。果てしなく長いと思われた夏休みも、祖母の家では一瞬の夢のように過ぎていった。


祖母は私に昔ながらの遊びを教えてくれた。同時に、いろいろな昔話を教えてくれた。
だから私は、ふいに沸いてくる母のいない寂しさを忘れることができた。


祖母の話は、聞いたこともないような荒唐無稽な内容も多く、私は夢中に聞いていた。
前触れもなく始まり、展開が読めない祖母の話を聞くのが大好きだった。


特に印象に残っているのが、祖母の家からほど近い海にまつわる悲しい昔話だ。


昔、ここで合戦があり、海に飛び込んだ武士たちとその家族の血が海の水に流れ込み、きらきらと油が浮かんでいるように見えた、という。


そんな生々しい話を平然と聞かせてくれる祖母と手をつなぎ、私はあるとき海岸を歩いていた。
間もなく日暮れになる時刻で、手をつないでいないと祖母の輪郭も曖昧になってしまう。
そのときは、何の話を聞かせてもらっていたのだったか。


祖母と話しながら歩いていると、真向かいから突然人影が現れた。
私は驚いたが、祖母は気にしないそぶりで話を続けた。
すれ違う間際になり、人影は男性の像を結び出した。


現実味を帯びた身なりをした男性だったので私は安心したが、それも束の間、私はぎょっとして後ずさりした。
男性の首にはぐるりと輪を描くように血が滲んでいたのだ。


まるでネックレスのように粘つき滴り落ちる寸前の血が、男性の首を取り巻いている。その姿は夕闇の中でもはっきりと見えた。


(あっ)


私は声をあげそうになったが、それよりもわずかに早く祖母が私の手を引いて自分の後ろに隠した。
そしてすれ違いざま、浅くお辞儀をしたように見えた。


――あのとき見たものは、何だったのだろう?


ふいに浜辺でつないでいた祖母の手のひらの感触や、サンダルに入り込む砂の匂いを思い出し、赤いネックレスの男と祖母の浅いお辞儀、すべての過去の景色がぐるぐると頭の中で旋回した。


あのときも、夕暮れだった。
私はその一点だけは覚えていた。
祖母に聞いてみようと受話器を取り上げたところで思い出す。
もう、祖母はこの世にはいないのだった。


「暗くなる前に帰っておいで」


大人になった今も、祖母の言いつけだけは守るようにしている。
あのとき私を守ってくれた少し乾いた手のひらは、もうどこにもないからだ。


私は自分の手のひらを見つめた後、何気なく首元に手をやり、静かに受話器を置いた。



 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
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