第32回:「魚が降る町」 金田漁港

三浦怪談・新編:第32回 「魚が降る町」 金田漁港
title_miurakaidan

三浦半島の様々な地域や伝承を元にして、怪談を創作している三浦市在住の作家・杉背よいさんによる短編集「三浦怪談」。昨年の2013年10月にKindle電子書籍/iPhone電子書籍アプリとしてリリースされた同書の新編の連載がミサキファンクラブではじまりました。

title_story30
第32回 「魚が降る町」
金田漁港


 

 目の前の海は、漁港の趣をたたえていた。遠くの岸壁に、夜釣りをしていると思しき人影がある。妹を走って追いかけて、急に横道に入り、さらに走ったら目の前に海が開けた。この町に引っ越して三か月ほど。こんなところに海があるとは知らなかった。
 夜の海は底が知れずに不気味だったが、ふいに思い出して再び走り出した。妹が海に飛び込んでしまったら、私は助ける自信がない。
息を切らして走っていると、海の一歩手前に妹が立っているのが見えた。私は出せる限りの全力で再び走った。


 妹の病気が芳しくないことがわかり、私たち一家はこの町に引っ越してきた。元住んでいた町から電車で一時間半ほどだが、そこは全ての終点のような場所だった。 電車も終点。地図で見ても、神奈川県の南の終点なのだ。周囲を歩くと海と畑に当然のように出くわす。「空気のきれいな場所でのんびりと」そう言い合う両親の声をここへ来る前も来た後も何度も聞いた。呪文のように何度も何度も。


 そして実際、妹の病気は回復していったが、心と体両方ではなく、心のほうは根強く残った。心が弱ると体もつられ、どちらが先かわからないがふらふらと低い平均点をさまよっていた。「慌てずにゆっくりと」それも両親が繰り返していた言葉だった。私も叫び出しそうになるたびに両親の言葉を思い出した。


 私は妹のお目付け役だった。妹の具合が悪そうなときはいち早く知らせる。妹が間違えた行動に及んだら、正しい行動を教え、導く。私たちは同じ部屋で過ごし、夜は二つ並べたベッドで眠った。


 夜になるとたびたび妹は不思議な行動をとる。「学校がある」と言って真夜中なのに着替えをしようとしたり、いきなり居間に行ってテレビをつけ、砂嵐の前に何時間も座っていたりする。


「何やってるの!」と叱ると、妹は不思議そうな顔をして振り返る。その目にあまりにも濁りがないので、私は逆に言葉に詰まってしまう。


「最初からテレビついてたんだよ。よっちゃんが見たいって言ってつけていったんだよ」


 妹が奇妙なことを言い出した翌日、通称「よっちゃん」と呼ばれていた伯父が亡くなったことを知った。
 よっちゃんはテレビを見るのが好きで実際にたびたびそんなことを口にしていたのだ。


「神奈川でしか見られないテレビで見たいのがあるんだよなあ」


 それはさておき(さておけないのだが)。 今、私が走っている理由は妹が突然ベッドから起き上がり走り出したからだ。それを追いかけて走っているのだった。家を出ても付近で捕まえて引き戻すのがせいぜいで、ここまで遠征するとは思わなかった。


妹は真っ黒い海面を見つめ、それから諦めたように空を見つめた。空には星が散りばめられ、私も妹と同じように無心になって見つめた。


「こんなにきれいに星が見えるんだ」


 夜の中に響いた自分の声で、私は我に返った。


「かえろ」と妹の腕を引っ張ると、「いやだ」と妹はその場に踏ん張った。「かえろ」「いやだ」の応酬が繰り広げられ、私は泣きたくなった。 すると突然、何かが空から落ちてきた。 妹と二人、時が止まったように地面に落ちたそれを見つめていた。


「お姉ちゃん、魚」


「……うん」


 妹が言い、私も呆然と頷き返した。この町は魚が降ってくるのか、と驚いた。


「鳥だよ。鳥がくわえてたのを落としただけ」


 掴み合う妹と私を見ていたのか、漁師さんらしきおじさんが急に声をかけてきた。私たちはふいに声をかけられたことに驚き、次に魚について合点がいった。


──そうかだから、時々海の近くに魚が落ちてるのか。私は往来で、または畑道で砂まみれになっている魚を見たことがある。
 私は謎が解けてほっとしたような、同時に少し寂しいような気持ちになった。


「あんたら早く帰りな。どうせ早起きするなら明け方に来な。土曜は朝市もやってるから」


 そう言って、深く詮索もせずにおじさんは船の方へ歩き去った。


 もう一度「かえろ」と言うと、妹は大人しく頷いた。私たちは手をつなぎ、家へ戻ることにした。


「魚、持って帰ればよかった」


 妹はさほど残念そうでは無さそうにそう言った。走ってきたときの絶望感と、口の中に広がる血の味と妹への怒りがないまぜになって薄れた。


──よっちゃんは、あのとき見たい番組を見られたのかな。
私はそんな埒もないことを考えた。魚が降る町を、初めて悪くないと思った。
「ダメだよ」と言い返す私の心は、いつもよりもだいぶ軽かった。


 

【杉背よいプロフィール】
幼少より三浦市在住。2009年より「よいこぐま」名義で怪談を書き始める。三浦半島の伝承に興味を持ち、土地 の特色に影響を受けた怪談・小説を創作している。共著に「てのひら怪談壬辰」(ポプラ社)、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2010」(荒蝦夷)。他に児童書「まじかる☆ホロスコープ こちら、天文部キューピッド係!」(角川つばさ文庫)。


◆三浦怪談について◆

「三浦怪談」は、iPhoneアプリやKindle電子書籍でもリリースされています。iPhoneアプリ版では、GPSを使って、怪談のモチーフとなった伝承話の土地へ近づくと通知します。アプリ版「三浦怪談」を元に、お話に出てくる場所を訪れてみるのも楽しいですよ。
三浦怪談_大蛇伝説


三浦怪談 Icon
三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:App Store
価格:iPhoneアプリ = 無料
開発:onTheHammock
発売:2013年10月下旬

三浦怪談



三浦半島怪談集 三浦怪談
配信:Amazon
価格:Kindle電子書籍 = ¥100
出版:onTheHammock
発売:2013/10/12

Kindle版「三浦怪談」はiPhoneやAndroidで無料配布されているKindleアプリやKindle端末で読むことができます。


★スマートフォンやタブレット端末をお持ちでない方も、パソコンでKindle電子書籍が読めます。Kindle電子書籍をPCで読む方法(Windows・Mac対応)は、下記をクリックして参考にしてみて下さい!

Kindle電子書籍をPCで読んでみよう!

 

banner_story32