三浦の人びと展ポスター
三浦の人びと展


「三浦の人びと展」プロジェクトは、三浦に生きる人びとの姿から、三浦の歴史や風土・産業を感じてもらいたいという想いからか始まりました。農漁業者が多い三浦市は「職」と「人」にフォーカスを当てることで、この街を表現することができます。「三浦の人びと展」により”三浦”の魅力が多くの人に伝われば幸いです。 
(「三浦の人びと展」実行委員一同)


▼第1回展示 時期: 2016年10月29日(土)、30日(日)

場所: 三崎口駅 / 円徳寺 / 小網代 / 三崎港 / 三崎下町 / 城ヶ島 / マホロバ・マインズ三浦 / 三浦海岸駅

▼第2回展示 時期:2016年12月1日(木)〜12月11日(日)

場所:三浦市三崎水産物地方卸売市場 2F


主催: 三浦まちARTプロジェクト「三浦の人びと展」実行委員会 / ミサキファンクラブ

写真:有高唯之

協賛:京浜急行電鉄株式会社 / マホロバ・マインズ三浦 / 有限会社アースデザイン工房 / スリーエムジャパン株式会社 / 株式会社アサイマーキングシステム / 一般社団法人リドレ商店会 / 他

協力:横須賀美術館 / 株式会社君栄 / 三崎港町まつり実行委員会 / 有限会社花岡新聞店

後援: 神奈川県 / 三浦市 / 三浦市観光協会 / 三浦半島食彩ネットワーク

企画・デザイン: 合同会社オン・ザ・ハンモック

助成: 平成28年度 文化庁 大学を活用した文化芸術推進事業

本企画は関東学院大学が文化庁「平成28年度大学を活用した文化芸術推進事業」として 採択を受けた「企画実践講座」の支援を受けて実施いたします。


「三浦の人びと展」実行委員

石毛浩雄 / 桑村治良 / 桑村宰知子 / 出口景介 / 有高ひとみ / 林原郷史 / 尼野克明 / 石井孝太郎 / 下里健城 / 山崎博史 / 大用充剛 / 宮坂和彦

アドバイザー

松澤利親(葉山芸術祭実行委員/SaMAL推進会議委員)
平井宏典(真鶴まちなーれ総合ディレクター/和光大学 経済経営学部経営学科 准教授)
工藤香澄(横須賀美術館学芸員)

三浦の人びと展フライヤー

「三浦」をポートレイトで表現する

三浦半島最南端、三方が海に囲まれた三浦市。代表的な産業は農業・水産業であり、かつてまぐろ類の水揚げで全国有数の遠洋漁業基地として隆盛を極めました。この街は第一次産業従事者が多く、何世代も家業を続けてきた人も少なくありません。しかし、現在は就業・教育面で市外への人口流出が著しく、居住人口はわずか4万人です。首都圏内でありながら人口密度が低い環境的要素、江戸時代以前から続く農業・漁業が多い産業的要素、そして港町として栄え、様々な地域の人や文化が行き交ってきた歴史的要素、これらが三浦の人びとや街の個性となっています。その個性の1つである"人"にフォーカスし、風土や歴史、産業をポートレイトで表現したのが「三浦の人びと展」です。
本展は、ドイツの写真家アウグスト・ザンダーのプロジェクト「20世紀の人間たち」が下敷きにあります。ザンダーは20世紀初頭のドイツ・ライン地方で暮らす人々を撮影し、近代から現代へと移り変わるドイツ社会の壮大なドキュメントをポートレイトで記録しました。三浦は人の有様で土地の個性を表現できる街です。ここでザンダーが試みた「写真による文化作品」を再現することで、三浦の歴史や風土を表現できると確信しました。
フォトグラファーはスタジオボイス誌「日本の写真家100人」に選出され、ポートレイトを中心に活動している有高唯之氏が務めます。有高氏は以前からライフワークとして三浦の農家や漁師を撮影してきました。本展では新たに撮影した作品40点を展示します。展示会場は、来場者が三浦の風土や産業を感じることができるように、「三崎港」、「三崎下町」など三浦市内各所や「三崎水産物地方卸売市場」に設定しました。ここに生きる人びとのエネルギーが溢れた「三浦の人びと展」は、人と産業が相互に作用して街の個性が作り出されたことを再認識できる場になると信じています。

桑村治良( 「三浦の人びと展」実行委員)
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有高唯之

1971年生まれ、石川県金沢市出身、逗子在住。ポートレイト写真からキャリアをスタートし、多様な被写体を独自の感性で捉えた作品を発表している。
オフィシャルWebサイト:http://aritakatadayuki.com


AFTERWORD

撮影を終えて

漁師町には昔から憧れのようなものがあって、東京から逗子に拠点を移してからは頻繁に三崎に出向くようになった。
銅板建築が残る寂れた下町商店街。道の真ん中に寝転ぶ猫。元気な魚屋。夕暮れ時の港のセンチメンタルな情景。光と影が入り混じった街。
そこに暮らす人は農家や漁師、カフェなどお店を開いている自営業の方が多く、写真を生業としている自分と気が合ったのは必然だったのだろう。
話をするとどこか懐っこい三崎弁が耳になじみ、港町という気質からか豪快で細かいことを気にしない反面、ナイーブさを漂わせるところにも魅了された。
幼少のころ転勤族の親の元で育った私は地元と呼べる場所もなく、写真家になってからは20年以上東京の都心で暮らしてきたこともあり、三浦という街が懐かしい故郷のように思えた。
そんな印象があったからだろうか、「三浦の人びと展」のプロジェクトが決まった時、この街に暮らす人を真っ直ぐな写真で表現したいと思った。
そして出来るだけ全ての被写体に対して同じ距離感で視点を置き、私の演出を少しだけ取り入れ、単焦点レンズ一本でほとんどの撮影を行った。
スタイルをシンプルにすることによって、被写体とのコミュニケーションを重視したかったからである。
最初はこのプロジェクトについて半信半疑な印象を持っていた人もいたかもしれない。とはいえ、撮影が進むとこの街に暮らす人々がこの企画に協力してくれているのを感じた。
被写体の方もこの撮影に対して積極的になってくれたし、本展をサポートしてくれた三浦在住の実行委員会のメンバーは被写体の人選、掲載場所などに尽力してくれた。
こうして撮影が進むことによって「三浦の人びと展」は私を通り越して、三浦の人による三浦発信の写真展に変わっていったのである。
この企画で私は三浦の人びとを40人ほど見つめてきた。
昭和の潤いを経験してきた先人やまだ生まれて間もない赤子まで。
ファインダー越しに見たその瞳には、いまの時代を写すとともにこれからの時代を考えさせてくれる何かがある。
まさに彼らは、ここに生きる人。
三浦の風土をまとった彼らの視線は、私たちの未来を考えるきっかけとなるだろう。

August Sander (1876~1964)

アウグスト・ザンダー

アウグスト・ザンダーは1876年ドイツ・ケルンで生まれた。父は鉱山で働く大工であり、ザンダー自身も鉱山で働いていた時に、写真家の助手をしたことが契機となり写真家を志す。
1901年にはオーストリアの写真スタジオで働くようになり、1909年に故郷であるケルンに戻り、自身の写真スタジオを始める。そして1910年前後から、のちに『Menschen des 20. Jahrhunderts / People of the 20th Century』(20世紀の人間たち)と呼ばれるポートレイトによって社会の全体像を記録するプロジェクトを始動させる。

『20世紀の人間たち』は「農夫」「職人」「女性」「職業と社会的地位」「芸術家」「大都市」「最後の人たち」という7部門に区分され、身分階層別に配列された約45のファイルで構成される「写真による文化作品」として企画された。
ザンダーは社会の基盤を成すのは農業であると考え、オーストリアにいるときから農夫たちの姿を写真に収める。そしてケルンに戻ると、様々な職業の人たちの撮影を始めた。こうしたポートレイト作品は仕事着姿や被写体の仕事場で撮られることも多く「職業肖像写真」とも言える。
例えば「レンガ職人」と呼ばれる作品では20以上ものレンガを両肩に担いだ男が、胸を張り真っ直ぐな視線をカメラに向けている。「菓子作りの親方」は調理白衣を纏った大きな身体の男が鍋を持って厨房に立っている。また「商人」の写真では、コート姿の男の胸元が四角く膨らんでおり、何らかの書類を胸のポケットに入れて持ち歩いているのがわかる。このようにザンダーのポートレイトは被写体の出で立ちや仕草、場所によってその属性が表現されている。
また、ザンダーはポートレイトを撮影するにあたり、当時でも古い旅行用カメラと、レンズを使ったと言われている。このカメラは手持ちで撮影できず三脚が必要であり、また撮影には2〜4秒の露出が必要であった。このカメラの前では被写体は撮られることを強く意識する。ザンダーは被写体に自己演出の機会を与えることができるため、こうした古い機材を使うことを良しとした。
ザンダーの写真集を刊行したウルリヒ・ケラーは、その撮影について「肖像写真におけるザンダーの戦略の一番の特徴は、おそらく、カメラの前に立つ人間に自分で自分の像を”演出”させ、服装や表情やポーズによって社会的要求を主張させ、社会的な自己理解を表明させるところにある」と述べている。

1927年、ザンダーはケルン芸術協会で『20世紀の人間たち-写真による文化作品』と題した展覧会を開催した。この展覧会で、彼は『20世紀の人間たち』について、次のように語っている。
「どうしてこのような作品を作ることを思い立ったのか、と私に訊ねる人がいる。
見る、観察する、そして考える。これが答えである。
われわれの時代の時代像を提示するには、絶対的に自然に忠実な写真によるのが何よりも適切である、と私には思われる」

展覧会の後、1929年にはザンダーにとって最初の写真集となる『Antlitz der Zeit(時代の顔)』が出版された。これは『20世紀の人間たち』プロジェクトにおける第1冊目の作品集であった。しかし、その後まもなくナチス・ドイツの時代が到来し、第2冊目の作品が出版されることはなかった。1934年、左翼団体のメンバーであった息子が逮捕され、付随してザンダーの写真集の印刷組版などもナチスに押収されてしまう。そしてポートレイトの撮影も困難になった。これにより『20世紀の人間たち』も中止せざるを得なくなる。
未完となった『20世紀の人間たち』だが、ザンダーの死後、息子のグンター・ザンダーによって同名の写真集としてまとめられた。また、2002年には650枚の写真で構成された全7巻の写真集『August Sander: People of the 20th Century』が出版されている。現在ではアウグスト・ザンダーはドイツの肖像写真家の祖として広く名を知られている。

August Sander: Face Our Time, Sixty Portraits of Twentieth-Century Germans (Schirmer Visual Library)
「August Sander: Face Our Time, Sixty Portraits of Twentieth-Century Germans」

August Sander - 7 Volume Set
「August Sander – 7 Volume Set」

三浦の人びと展ポスター

ポスターデザイン

厨房でマグロの頭を持った人物の写真は、かなり話題になりました。まぐろで発展した街「三浦」を表現し、観る人を惹きつける力強さを持つ作品のひとつとして、こちらを決定しました。ただ正直なところ、ポスターに起用するポートレイト写真を選定するにあたり、どの作品も魅力的で迷いがあったのも事実です。

また、この土地に生きる人が醸し出すエネルギーから「三浦」という街を感じて欲しいと考え、キャッチコピーを「ここに、生きる。」としました。

モデルとなる人物は、三浦三崎でまぐろ料理屋を営んでいる二代目料理人。実際に仕事をしているところを、撮影させていただきました。この料理屋は、「マグロに食べられない部位はない」と、通常なら破棄されてしまうマグロの頭や内臓も、すべて料理しています。味も硬さも異なるまぐろの各部位に合った料理法を長年研究され、マグロの街「三崎」ならではの”料理人のこだわり”が垣間見れます。

このインパクトのある写真は、「農と漁の街”三浦”をポートレイトで表現する」というテーマに一致し、「人、職、食、暮らし」と、本展のコンセプトである「三浦らしい生活芸術」が感じられます。また、モデルの表情や1つひとつのアイテムに力強さも感じ、コントラストも素晴らしいです。

写真家 有高唯之氏は、この三崎の料理人の「生」感じ取り、みごとに”ここに生きる人”を写し出しており、今回、ポスターなどメインビジュアルに起用しました。

三浦の人びと展フライヤー

ロゴ/フライヤーデザイン

三浦半島と三浦市の由来にもなった三浦一族。三浦一族の家紋は「三つ両引き」と呼ばれ、横または竪方向に三本線を引いた紋が使われています。この家紋「三浦三つ引両」のデザインからインスパイアし、横に太線が三本並ぶようにアルファベットを太線に見立て、レイヤーのように並べました。また、ロゴの中に本展の被写体のポートレイトを写し、ポスターデザインにしました。

“三浦一族家紋
 
<『三浦の人びと展』タイトルカラー>
濃い目のマゼンタピンクは、桜をイメージしています。2月下旬~3月の三浦は河津桜が満開となり、三浦海岸駅周辺はきれいな桜色に染まり、三浦市内外から多くのお花見客が訪れます。

グラフィックデザイン: クワムラ サチコ

 
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*『三浦の人びと展』ポスターは、「みさきまぐろきっぷ」に力を入れている京浜急行電鉄全線に掲出して頂きました。全72駅に駅貼りポスター、全車両に中吊りポスター掲出、主要15駅にフライヤーが設置されます。(ポスター掲出期間:2016/10/27頃~10/30、11/26頃~12/11) また京急バス(三浦市内全車両)にもポスターが掲出されます。