シーカヤック日本一周鈴木克章さんが海から眺めたニッポン

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鈴木克章さん

鈴木克章さん

10月3日、三浦市の胴網海岸STEP CAMP BASEで、シーカヤック日本一周を達成した鈴木克章さんのトークショー「手漕ぎ舟シーカヤック日本一周達成報告会」が開催されました。
鈴木さんは静岡県の浜名湖を拠点に活動する自然ガイドです。2011年10月に浜松市の弁天島海浜公園を出発し、時計回りで四国、九州、日本海、北海道、三陸海岸をシーカヤックでめぐり、今年の8月に日本一周を達成しました。その生活はまさにワイルドライフ!この貴重な体験が紹介されたトークショーをレポートします。鈴木さんからはシーカヤック一周の旅で撮影された素晴らしい写真を提供していただきました。

シーカヤックに出会って、これまで見てきた風景が逆転した

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僕は3年と10ヶ月をかけて、1万1000kmくらいの距離をカヤックで日本一周しました。実は、これまでもインドのガンジス川をカヤックで下ったり、タイの川を漕いでラオスに入ったり、またハワイの離島で暮らしたりしてきました。
どうして僕が水の上の旅を始めたのか…。今も波の音が聞こえてますよね。やっぱりこの音が心地いいんですよ。僕は自然環境豊かな漁師町で育ったんです。
20代前半の時に大きな怪我をしました。ある日、山の斜面をスケボーで滑っていたんですけど、気づいたら病院にいたんです。どうも集中治療室に三日間いたらしい。しばらくして起き上がれるようになったんですが、顔面麻痺になっていました。頭蓋骨骨折、脳挫傷ということでした。顔の感覚が無くて、味噌汁を飲んでも口からこぼれていったのを覚えています。
それからリハビリを続けて歩けるようになったんですけど、歩けることはなんて幸せなんだろうって思いましたね。そしてこれからは違う角度で自分の人生を見てみようと考えました。僕は子供のときに毎日のように海を見て育ちました。だから、退院しても海を見ながら過ごしたんです。そして、その時にシーカヤックを買おうと思ったんですよね。それがカヤックとの出会いでした。

最初は海の旅の仕方なんて、何もわかりませんでした。初めての時は自転車にトレーラをつけて、カヌーを乗せて10ヶ月ほど旅をしました。その旅は九州の国東半島で、船が故障して終わってしまったんですけど、その時にハマってしまったんです。こんなに面白い世界の見方があるんだって気づきました。これまで見てきた風景が逆転したんです。そこから僕の視点は陸から海に変わりました。

ガンジス川に行った時はまだ20代でした。その頃は自制心が足りなかったんでしょうね。ガンジス川を下ろうと思って現地でインド軍に許可を取ろうと思ったんだけど、「やめろ」と言われました。でも強行して川下りを始めてしまったんです。ガンジスは2500kmもある河なんですけどね。
インドでは虎に襲われることばかり心配していました。普段の日常生活で、自分が襲われるなんてことは考えないですよね。日本は安全で、もう狼もいないし、クマも滅多に歩いていない。でもインドの自然のなかでは恐怖を強く感じました。それは自然の摂理を感じる感覚です。それは自然に対する純粋な怖さです。自分にとっては大切な感覚です。
しかし実際に怖かったのは虎ではなく、人間でした。旅の途中で、何度も強盗に襲われました。川沿いに住んでいる人は良い人ばかりなんだけど、強盗もいるんです。テントに入ってきて、いきなり刺してくる強盗もいました。もうお金をあげるから、刺さないでほしいと思いましたよ(笑)。強盗に棒で頭をフルスイングで叩かれたこともありました。そのときは男2人から首をしめられて意識を失ってしまった。そして目が覚めたら荷物はどこにもありませんでした。唯一あったのがカヌーとパドルだった。パスポートもない、金もない、道具もない。カヌーとパドルだけになったんです。まあ、幸いにもポケットに3ルピーを見つけたんですけど、次の集落に着いたときにそのお金でお茶を一杯飲みました。それで、晴れてぼくは貨幣経済と関係がなくなりました(笑)。そんな旅を続けてきたんです。

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自分の目で日本が島国であることを確認したかった

kayak_and_suzuki4さて、3年10ヶ月を掛けた日本一周の旅の話をしたいと思います。旅に出たのは2011年の10月です。旅のテーマは「日本は本当に島国か?」ということを確かめるためでした(笑)。これが本当に純粋な旅のテーマだったんです。自分の目で日本が島国であることを確認したかったんです。そして子供達に自分が経験したことを伝えたいと思った。日本をぐるっと一周したことを伝えたいと思いました。
出発は静岡県の浜名湖でした。なぜ静岡県の浜名湖を出発地にしたかというと、ここは僕の故郷だからです。つまり日本を一周して帰ってきたとき、自分の故郷が目の前に出てくることになるわけです。

1日でカヤックを漕ぐのは30〜40kmです。荷物はシーカヤックの前方に積みました。カヤックには80kgくらいの荷物を運ぶことができるんです。
このカヤックの旅ではぬか床を持って行きました。僕なりに考えた日本ならではの保存食ってぬか漬けだったんです。旅の間でいろんなものを漬けましたけど、どれも美味しかったですよ(笑)。あと土鍋もカヤックに積んでいきました。理由はただひとつ美味しいご飯が食べたいからです。

お金に困ったときはシーカヤックカフェなんてこともしました。そこにいるお客さんにコーヒーを販売するんです。でも、四国の桂浜では、ものすごく沢山の人がいたけれど、好奇の目で見られるだけでした。あまり人がいない時の方が向こうから声をかけてくれたりするんですよね。そんなこともしながら旅をしていました。そう言えば四国ではお酒の差し入れをもらったこともありましたね。ちょうど12/24のクリスマスイブだったんです。嬉しかったですね(笑)。

夜はカヤックを漕がないようにしていました。寝るときは波打ち際にテントを建てます。危ないと思われるかもしれないけど、僕は一度も波にさらわれることはありませんでした。多分、去年と一昨年で、僕は日本で一番テントを張った人間なのではないかと思います。
冬の間をテントで過ごすとはどういうことなのか、これは経験しないとわからないと思います。朝はおしっこを指にかけて暖めるんですよ。そういう寒さのなかにいました。そうすると精神も壊れてきます(笑)。だけど春が来ると、木のつぼみを見ているだけで涙が出てきました。ひとつひとつが美しく感じられた。きっと我々の先祖もこうやって季節を感じてきたんだと思いました。

2012年12月9日日本海山陰海岸

2012年12月9日日本海山陰海岸

2013年6月14日日本海秋田

2013年6月14日日本海秋田


2013年6月13日 日本海山形

2013年6月13日 日本海山形

カヤックを漕いでいるときは陸が見える距離を保っていました。陸から離れたとしても1kmくらいです。つまり、ずっと日本列島を見ながら旅をしてきたんです。
だから津軽海峡を渡ったときは緊張しました。カヤックでの海峡の横断は気合が入りますよ。不思議なもので、そういう状態のときは360度の景色が見えている。自分の周囲で何が起こっているのかが分かるんです。そして5時間半ほどかけて津軽海峡を渡り、北海道に着きました。
北海道はやっぱりピリっとしますね。クマが襲ってくるかもしれないという心配もありました。エゾシカとも出会いましたね。北海道は人と会うよりもアザラシと出会うことが多かったです。シーカヤックってそもそもアザラシを狩猟するために生まれた船なんですよ。まあ、海にいればサメもいる、クジラもいます。そういう自然のなかで生きていました。でも、陸にあがると手を温めるためにおしっこを指にかける。そういうところを誰かに見られないか気をつけていました(笑)。薄皮一枚で社会と自分が繋がっているという生活でしたね。

2014年5月5日知床半島

2014年5月5日知床半島

2014年6月2日霧多布

2014年6月2日霧多布



 

僕は爆弾低気圧のなかでも、台風のなかもテントで過ごしてきました。そういう状況の時に思うのは、さっき出会ったアザラシはどうしてるんだろうということです。それから天気も穏やかになって海に出ます。そうすると死んでいるアザラシに出会ったりします。でも死んでしまった個体というのは、生きている生物からすると贈り物なんです。そのアザラシの屍体をカラスやタヌキ、キツネが食べに来ました。そしてカラスは空を飛んでどこかで糞をしますよね。そこから草が生えるわけです。そういう光景を見ると、これはどこまでがアザラシなんだろうと考えたりしますね。

2014年6月2日霧多布 カヤックの先には打ち上げられたクジラの死骸があります。

2014年6月2日霧多布 カヤックの先には岸に打ち上げられたクジラの死骸があります。

シーカヤックから見た東日本大震災の爪痕

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また津軽海峡を経て、本州に戻ったときは自分がどんな景色を見ることになるのか不安になりました。それは津波に襲われた景色を見ることになるからです。津波があった場所は、立ち入り禁止のところばかりでした。

2014年11月21日岩手県重茂半島

2014年11月21日岩手県重茂半島

2014年11月22日重茂半島

2014年11月22日重茂半島


2015年1月13日気仙沼

2015年1月13日気仙沼

2015年1月21日石巻港周辺

2015年1月21日石巻港周辺



 

三陸沖を漕いでいたときは、海の上で漁師さんに出会いました。その漁師さんは遠くで手を振っていた。僕は「どこかに行け!」って言われてるのかと思いました。でも、その漁師さんはこっちに来るんです。僕は怒鳴られるのかと思ったんだけど、漁師さんはアワビをくれました。その漁師さんは僕がカヤックで日本一周をしていることなんて知らないんですよ。僕はただのカヤックを漕いでいるだけの人間です。でも、漁師さんにとってはこうやって海に出ている人がいるのは嬉しいことなのかもしれないと思いました。次に会った漁師さんには缶コーヒーを貰いましたからね。その人も凄く優しい人でした。
三陸の海岸線に行って驚いたのはとにかくその美しさでした。この美しい景色を地元の人に見てもらいたと思って、陸に上がったら写真を見てもらったりしました。
東北地方を旅していて、出会った人たちによく言われたのは「震災後に始めて海に来た」ということでした。やっぱり、震災後はなかなか海に行けないんですよね。でも、僕はまた海岸線に来て欲しかった。こんなに美しいところなんだから、また来て欲しいと思いました。
今回の旅では、一部だけ陸路を使っています。それは福島原発の周辺です。2011年に旅に出たときは、どういった情報が正しいのか分かりませんでした。だから敦賀から放射能測定器を買って測定もしていました。
実際に福島に来てびっくりしたのが、除染した土が積み上げられている場所を見たときです。ここでは何が起こっているのかと思った。僕は除染する作業は必要だと思います。でも、その光景はショックでした。
そして改めて驚いたのは人が住んでいない海岸線があること、漁師がいない海岸線があることでした。そこに海はある、魚たちもいる、だけどその海に立ち入ることは出来ないんです。僕たちはここで起こっていることについては、もっと驚くべきだと思います。どういうことが起こっているのか知るべきだと思います。陸路を車で走っているときに、立ち入り禁止区域の向こうに「原子力明るい未来のエネルギー」という看板を見ました。

この旅で人と出会うことが本当に好きになった

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それから千葉房総半島を回って、東京海洋大学にも寄りました。僕はどうしても日本の首都を海岸線から見てみたかったんです。隅田川を下って、多摩川を過ぎて、京浜コンビナートを抜けていった。それはすごく刺激的な光景でした。
八景島のジェットコースターには驚きましたね。猿島にも寄って、走水から、城ヶ島大橋に着きました。城ヶ島はすごく凛としている場所ですね。海もすごく透き通っている。こんなに良いところがあるのかとびっくりしました。そして、この海岸でしばらく過ごさせてもらいました。

2015年5月26日千葉県木更津

2015年5月26日千葉県木更津

2015年6月2日東京湾隅田川

2015年6月2日東京湾隅田川


2015年6月4日神奈川県京浜コンビナート

2015年6月4日神奈川県京浜コンビナート

1100日ほどの旅をして感謝していることは、シーカヤックに育ててもらったということです。僕は自然が大好きなんだけど、この旅で人と出会うことが本当に好きになった。訪れた地域には自然と寄り添って暮らしている人たちがいます。そこで出会った人たちはその土地の知恵を持っているんです。僕はこの旅でそういう知恵を学んでいきたいと思いました。
そして正直に言うと、もう一回日本一周の旅をやりたいと思っています。それだけシーカヤックの旅は最高なんです。僕がこの旅でようやく帰ると思ったは、目の前に故郷が見えた時でした。つまり旅の最後の1日です。日本を一周して目の前には自分が漕ぎ終わったフィールドが見えていました。

語り・写真提供:鈴木克章
編集・レポート写真:onTheHammock


鈴木克章ブログ「ひるまのながれぼし 鈴木克章のシーカヤック日本一周」 http://hirumanonagareboshi.hamazo.tv 

STEP CAMP BASE WEBサイト http://sazanami-aburatubo.com